« 絶体絶命!? | トップページ | 分業制の効果 前編 »

2007年11月17日 (土)

「何の為の練習だ?」

選手の成熟度、技術の高さ、型にはめられることを好まない気質、
『代表チームにいたっては監督など必要ないのでは・・・』
と言われるほどの国で生まれ育ったジーコが、監督として特にこだわった事。
日本代表監督として世間から非難されながも、
あえてピッチ内での選択・実行の自由を選手に与えたジーコがこだわった事。
今日はそんな『ジーコのこだわり』を少しご紹介します。

ある親善試合での事…相手のフリーキックにたいして『置いた壁』の数は1枚。
選手達の判断はフリーキックの位置がゴールに対して角度がなく、直接ねらわれる可能性が少ない為に、練習では位置的に常に2枚置くところを、1枚にして中のマークを増やす事を考えたのだろう。
しかし相手はシュート性の速いボールを、普通ならばいるべき『もう1枚の壁』の位置を通しキーパーを狙ってきた。
”キーパーが弾いたのか”、”誰か他の選手に当たってこぼれたのか”は覚えていないが、とにかく相手に決められた。

試合後 ジーコは語った。
「このチームには戦術的にいくつかの決まり事がある。
俺が指示したものもあれば、みんなから出た意見を採用したものもある。
誰が言ったかの問題ではなく全員であらゆる角度から考えて納得した上で決定したものだ。それに則って練習も繰り返ししている。
ということは、その型に対しての対応は全員が体で覚えているということだ。
だから、今日の壁の件は納得出来ない。 何の為の練習だ?
確かに練習通りにやっても失点する場合もあるが、確率は練習でやってない型をいきなりやるよりは低いだろう。 セオリーは尊重するべきなんだ。」

ジーコの場合、とくに守備の戦術面で決まり事を常に設けていた。
守備は組織で、攻撃は各自の創造性を最大限に活かす」
これが自らの豊富な経験から得た哲学だからだ。

じゃまた

« 絶体絶命!? | トップページ | 分業制の効果 前編 »

ジーコの素顔」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/500721/17095883

この記事へのトラックバック一覧です: 「何の為の練習だ?」:

« 絶体絶命!? | トップページ | 分業制の効果 前編 »

フォト

Store

ZICO MOVIE

  • ジーコJAPAN 最終予選~コンフェデ

ZICO PHOTO

  • Zico
    ジーコジャパン時代の写真です。