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2007年11月13日 (火)

自己主張の文化と日本

今回の話題は、結構オレ的には重いテーマです。
『チーム内でのコミュニケーション不足』
ジーコはもちろん一緒に仕事をしたほとんどのブラジル人が、問題として取り上げています。自己主張が当たり前の国で育った人達からすると、日本人は声に出しての意思疎通が少な過ぎると言います。

良くジーコは言っていました。
「自分は外国人として素晴らしい日本の文化を壊すつもりなど毛頭ない。しかし少なくとも選手がサッカーという“外来の競技”に携わっている時間帯だけは、もっとコミュニケーションを活発にしてほしいと言っているだけだ。」
まずは試合の最中でのお互いの声の掛け合い。
パスの出し手が受け手にかけてやる声。(”敵が来てる”とか”フリー”等の声。)
これはブラジル代表の連中も練習の時から実行していた。(無意識に声が出ている様に見えた。)
また中盤の奴と受け手のトップの奴の間での「ここにこの種の球が欲しい」とか「持った瞬間こう 動いてくれ」とか、ピッチを離れた処でも出来る話し合い。
ブラジルでは当然の様に選手間で話し合いが普通にもたれる。
それが勝つ事に繋がるからだ。
ただし、ピッチ内でギャーギャーとまるで『自分が全てだ』と言わんばかりに仲間を怒鳴り散らしている様な奴は、ブラジル(どこの国でもだろうが・・・)でも嫌われている。(オレもいくつもの例を実際に見聞きしているしね。)

もう一つ、ジーコが理解出来なかったのが、試合前のミーティングで相手の分析をしている際に例えば相手チームの”誰々”と一緒にプレーしていた選手がいても、”彼”に関しての積極的な情報提供がない事だ。理由は国民性、個々の性格、教育、文化的な背景等いろいろ考えられる。

ジーコも15年間努力したが、この部分はどうしようもなかった。
15年以上漬かっていたプロサッカー界から身を引いた今、時間があると地域の少年サッカーを覗きに行く事がある。
そんな中で気付いた事だが、子供が練習が始まる前にサッカーで遊んでいる時は盛んに声を出すが、いざ監督、コーチの号令と共に本格的な練習が始まると全く声が無くなってしまう。聞こえて来るのは指導者の声ばかり・・・。
個人的意見だが・・・
『もしかしたら、この辺りにその答が集約されているのではないか?』
とふっと思ったりもする。

じゃまた

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