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2007年12月の60件の記事

2007年12月31日 (月)

プチ嬉しかった事

アントラーズとしてJ初年度1stステージ優勝して間もない頃ジーコに言われた。

『スズキ、オレは日本語がわからないからお前の訳が良いのかどうなのかはわからない……』『でも一つ確かなことはオマエがスタッフでありながらしっかりと同じユニフォームを着ているということだ!』

この表現の意味はすぐにはわからなかったが、要するに選手と同じ気持ちになって闘っているということ。ジーコを始めブラジル人がよく言う『チーム(グループ)は家族』とはこのことだ。

そんな時期に、過日引退した本田から

鈴木さんて誰かに似てるんだよね!?』

暫くして…

『そうだ、思いだした!シカオだ!』

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いい歳して、なんか変に嬉しかったのを覚えている。

じゃまた

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2007年12月30日 (日)

“地味”なクリニック

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ジーコとは何度もサッカー・クリニックをおこなった。
最初の頃、クリニックの流れが決定するまでは正直、結構揉めた
子供達にサッカーの楽しさとか夢を与えたい主催者側は当時流行りのプロによる派手な技のデモンストレーションをジーコに求める。
しかしジーコは自らの経験からこの年代の基本の習得の重要性を強調し、実に地味な基本のみのメニューを主張する。

しかしクリニックを始めてみると『パス、トラップ、ドリブル、シュート』等基本技術を7つのセクションに分け、子供達がローテーションするのに合わせジーコが休みなく大声をだしながら直接指導していく姿圧倒される。子供達も常に動いている為にボーッとしている暇もない。ジーコのボールを直接受けている時の輝く目を見て嬉しくなったのを思いだす。
地味ではあるが大切な事を必死に伝えようとするジーコの愚直なまでの情熱が懐かしい。

じゃまた

追伸……

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2007年12月29日 (土)

世界一の微笑み

いつ、どの試合だったかは記憶にないが、駆け出しの頃の話

試合……勿論勝ち試合後のこと。

グラウンドから颯爽と引き上げて来る選手達を
『お疲れー』とか『ご苦労さん』とか言って迎えていた。
そして、最後にジーコが戻ってきた。

『さて、何て言おう?』
鬼のように凄いプレーぶりだっただけに、
『何か気の利いた言葉をかけなきゃ……』
焦れば焦る程言葉が出ない。
ついに目の前にジーコが来たっ!!

やっと、口をついて出た一言は、

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2007年12月28日 (金)

『親父サッカーに光を!』 其の三

3回にわたり、お届けしてきました…
経験だけは豊富な素人スズキーニョが(笑)、愛すべき素人オヤジ達に提起する

~ 何歳になってもボールを、サッカーを愛する為の ~
『辛い努力なしで、
サッカーがプチ上手になれる方法

最終回!
   
其の三 デス

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ファンという存在

ドイツ・ワールドカップに向け、ボン市内で最終調整をしていたある日。
日本からのサポーターの方々のインフォメーション・ポイント(確かG-JUMPSとかいう名だった?)にジーコ表敬訪問した。

その際、目の当たりにしたファンの方々から届いたメッセージの山
ジーコはその前で足を止めジーッと見つめながら、
独り言のように
『俺達一人一人がこのファンの方達の思いをしっかりと受け止めて闘うべきなんだよ…』

この一言がジーコの“マジなほとばしり”だいうことは、俺が一番よく知っている。

何故なら来日以来、日本を去る最後の日まで
ファンの差し出す色紙に毎回、毎回
時間の許す限りサインをし続けて来たのを見てきたからだ。

『この人達が試合を見に来てくれるからプロサッカーが成り立つんだ』

忘れもしないジーコから最初に受けた教訓である。

じゃまた

2007年12月27日 (木)

『親父サッカーに光を!』 其の二

前回から3回にわたり、お届けしている ♪

経験だけは豊富な素人スズキーニョが(笑)、愛すべき素人オヤジ達に提起する

~ 何歳になってもボールを、サッカーを愛する為の ~
『辛い努力なしで、
サッカーがプチ上手になれる方法

其の二 デス

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ストリート・サッカーに見る原点

前に『子供のサッカーはその国のサッカーの縮図』だと書いたが、今回も子供の話。

リオのスラムの狭いスペース。ストリート・サッカーだ。
様々な年齢の子供達が一緒くたになって自分の持てる技を披露している。
一番目につくのは体の使い方の上手さだ。特に身体の小いさな子供が大きな子からボールをキープする時の体の使い方の上手さは絶妙で、どの角度から来たらこう体を入れるとかを実に巧にこなすのである。
毎日の反復で自然に身についているのだろう。

もう一つ凄く大事に思えるのはゴールがあること
いくら技が巧でもその全てがゴールに繋がらなくては何の意味もない。それを多くのブラジル人は子供の頃から知っている。

ストリートで覚えたこと(技術だけではなくメンタル面も含め)が、大人になって役立つことはジーコを始め多くのブラジル選手が言っている。

じゃまた

2007年12月26日 (水)

『親父サッカーに光を!』 其の一

山程あるサッカー技術本。どれを選んだらよいのか迷うくらいだ。
そのほとんが、元選手が教えるものや現役のスターのプレー集ばかり。
将来、一流選手を目指す子供が読むのには良いのだろうが、ドシロウトの中年オヤジや、またその予備軍が読んでも習得できるわけがない。ましてや彼等は一流選手を目指す訳でもない。

彼らはただ周りの仲間よりプチ上手になりたいだけなのであり、ちょっとだけ自分のプレーで息子から尊敬され、歳をとっても子供に混じってプチ上手なプレーが出来れば満足なのだ。

そんなオヤジが日本に一人でも増えれば確実に底辺は広がっていく
なぜなら子供はオヤジが夢中になっている物を真似したがる。
この事実を考えるとサッカーの底辺を広げるには、オヤジ自身がプレーを始める事が急務ではないろうか?

そこで…

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好きな数字は・・・なぜ?

いつだったか、ジーコと何かの話題(思い出せない)で盛り上がっていた時、ジーコに『好きな数字はなんですか』と聞いた。
彼は『』と答えた。

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2007年12月25日 (火)

ZICOからMerry Christmas

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あなたと御家族の方々へ素晴らしいクリスマスを

そして2008年が最高の年でありますように!

ジーコ

カミサマの”憧れの人”は日本人??

ペレー以降
ブラジルが世に出した
最高のサッカー選手ジーコ

そんなカミサマ・ジーコにも
アイドルがいる。
しかも、何と
そのアイドルは日本人なのである sign02

その日本人は、
昭和36年だから…オレがまだ6歳の頃
テレビ放映され、
タチマチ日本のガキ供のスーパー・ヒーローとなった
『キッド』こと『ナッショナルキッド』様である。

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何しろ51年間生きてきて、
TV番組を見て2度しか泣いたことのないオレが、
最終回には不覚にも大号泣してしまったほどだ。 sweat02
(ちなみに、もう一度は充分大人になってから“蛍の墓”を見た時。)

その後すぐに海を渡った
“日本人”ナショナルキッドは、
ブラジルの子供達のハートを
カッチリとわし掴みにしたのだ。

その山程のハートの中の二つ
ジーコちゃんとその兄のエドゥーちゃんだったのだ!

当時ストリート・サッカーに明け暮れていた子供達が、
ナショナルキッドの放送時間には
ストリートがもぬけの殻になったと言う。

まさにブラジルの奇跡であった。

キッドよ永遠に sign03

じゃまた

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2007年12月24日 (月)

お宝 その4

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先日、筑波のアントラーズの少年部(4、5、6年生)“日本のお宝君”達と親御さん方に話を聞いてもらう機会がありました。
テーマは『食事の大切さ』
今まで実際に見聞きした事柄を中心の一時間でしたが、ほんのちょっとでも役にたてたらと思います。
彼等の様な子供達は日本サッカーの将来を担う大事な大事なお宝です。

半袖、半パンでクリスマス

いゃ~休日のクリスマス・イヴ、最高ですね!
こんな日はブログなんか読んでいる余裕なんてないでしょうが…
お付き合い下さっている皆さんに…
心からの
FELIZ NATAL! 『ふぇりす・なたーう』
MERRY CHRISTMAS!!

ところで12月25日は世界中がクリスマスでありまして(当然!)
ブラジルは真夏です。(大汗)
初めてブラジルで半袖、半パンのサンタを見た時は正直キョウザメでした。

国民のほとんどががカトリックである為、本当の意味でクリスマスを祝います。ずっと日本のクリスマスで育って来たオレには、竹内まりやさんや山下達郎さんの流れていないクリスマスは身体が受けつけません。
この時期、日本にいられることがオレにとっては最高のプレゼントですね!

幸福です。

じゃまた

2007年12月23日 (日)

スーパーばぁちゃん!

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奥州藤原氏の血筋を引くスーパーばぁちゃん(オレの母親)
レオの「全てに感動を」タトゥーのオリジナルの作者

子供に見るブラジリアン・ポリシー

どこの国にでも子供達のサッカーを見れば、その国のサッカーがどんなスタイルかわかるものだ。今年の日伯友好カップ(於ジーコ・サッカーセンター)で子供(15歳)の試合を見た時に改めて感じた事。

味方が最終的にシュートに結びついた一連のプレーに対しては誉めまくる
しかし、ショートで繋いでおけば危険性のないところを、ロングで無理に前へ急いだ為に相手ボールになってしまった時などは、派手にクレームをつける。
彼等は自分達のボールの間は相手は当然攻めて来ないので、無理に攻め急ぐ必要はないと考える。要はボールを支配すること。
これが欧州ではどうしても多少無理にでもロングを多用し、プレッシャーをかけまくるサッカーを好む。

まさに子供は大人の縮図だと思う。

じゃまた

2007年12月22日 (土)

猛烈クレーム!

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『お宝 その1』で紹介した『じいちゃん』(我が親父)

記事中、年齢を88歳と紹介して大クレーム。
慌てて、82歳と訂正させて頂きました。 m_ _m

が…なんと!!

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初代クラブ世界一

初代クラブ世界一は? ジーコ監督がFIFAに怒る!

まぁこの驚くべきFIFAの見解にはジーコだけじゃなくて過去、同カップを死力をつくし争った全ての選手達怒りを現すと思う。
オレ自身、憤りを感じる前に平気でこういう事を公式に発表してしまうことが不思議でならない

他人の痛みを感じない無神経な一握りの人々が、世界のサッカーを束ねてると思うと哀しくなる。
確かにこれほど多くの人々を巻き込む競技だから、ある程度の商業化(FIFAが推し進める)は仕方がないとしても、人の名誉や誇りを一方的に剥奪する権利は誰にもないはずだ。

『これから先サッカーが変な方向に進みませんように』と祈るばかりである。

じゃまた

2007年12月21日 (金)

ブラジル料理 最高 !! その3

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RIOで一緒に仕事をしたMACOさんのライヴ(アウボラーダ)
嫁と一緒に見に行きました。
久々のライヴ良かったです!
ギター山田さん沢田さん(ベース)素晴らしいテクと爆笑トーク関西人コンビ

アウボラーダブラジル・ライヴハウス・レストランです。
音楽も楽しめて…美味い

【年末年始の営業について
年内 12/22(土)まで ※ランチは12/9(日)まで
年始 1/18(金)から ※
ランチは2/2(土)から


東京都武蔵野市吉祥寺本町 1ー32ー9 モトハシビル B1
℡0422ー20ー2797
ALVORADA
http://www.alvorada.jp

プチ嬉しい話題

鹿島時代ずーっとお世話になっていた長岡さん(現ベルマーレ)
この人はまさにサッカー生き字引みたいな人。
まずその知識の豊富さ驚異です!
そんな長岡さんからこんな情報を頂きました。

それは…

なんと!
CL決勝トーナメントに出た歴代クラブ監督代表監督経験者(ジーコの事)はいないのでは?』
と言うのです。

もしそうだったら、
これはプチ嬉しい話題ですよぉ~、オレ的には。

じゃまた

2007年12月20日 (木)

ブラジル料理 最高 !! その2

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オレが初めてブラジルに渡った80年代前半
超懐かしい雰囲気がそのまま残るアウボラーダの店内。
しかも・・・超美味い

東京都武蔵野市吉祥寺本町 1ー32ー9 モトハシビル B1
℡0422ー20ー2797
ALVORADA
http://www.alvorada.jp

未確認飛行物体のビデオ映像

94年頃の話。
お袋と義理の妹が実家の窓から超デカイUFOをビデオ撮影した。
俺も見たが、とんでもない映像だったので翌日ジーコに見せてやった。

UFOが『形を変えたり』『旋回しながらビームを出したり』と、いろいろ説明してやったが反応はイマイチ。
『これってディズニーの飛行船じゃないの?』
などと的外れな質問をしてきたので、こっちも張り合いがなくなってその日は別れた。

翌日、仕事に行く為にジーコの家に行ったら
やたら人がタムロシテいて何やら中でワイワイ、ガヤガヤやっている。
遠巻きに眺めていたらジーコが友人達に
『見てろ、こっから形が変わるぞ!』『ビームを出すぞ!』
などと、昨日とは真逆のハイテンションで説明している。

『世界のジーコ』がまるで子供のようで…とても愛おしかったのを覚えている。

じゃまた

2007年12月19日 (水)

Ballon d'Or(黄金の球)

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カカ Kaká
本名:リカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ
Ricardo Izecson Dos Santos Leite

またもや世界最優秀選手を生み出したサッカー王国ブラジル
80年近くのワールドカップの歴史の中、その時代、時代のサッカーにいち早く対応し、No.1選手を世に送り出す世界最高の選手生産工場ブラジル。
自分なりにその秘密を解明していきたいと思っております。

魔法のインサイドキック

サッカーの基本中の基本インサイドキック
レベルが高いゲームほど、使用頻度が高いのに『ハデさがない』ためか話題性に乏しい。

しかしジーコ超一流の南米選手が最も重要視しているのが、このインサイドの質と精度なのだ。特に凄いのがジーコのインサイドでのショートパス。現役時代は勿論だが一緒に仕事をする様になって真近で見る機会が多くなってさらに驚いた。

シュート練習等で選手にパスを出すのだが『違う』のだ。ボールの質と精度が。
ただ何気なく蹴っているだけなのに。
選手も『はい、どーぞ』的な優しい球が来ると言っているし、『あんな質のパスは、なかなか出せるもんじゃない』とコーチ達もお手上げ状態だ。

一見何気ないプレーの中に、本当の一流の凄さが隠されているのかもしれない。

じゃまた

2007年12月18日 (火)

本ブログに大クレームが !!

過去の記事で大クレーム発生!!

【スズキーニョのプチ写真】おいて…
とんでもない間違えを…

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「ホニャラララ!」の正体は…

12月15日の記事【『ゲッ』、『何、それっ!?』】
大江戸さんから、質問を頂きました。

>「ホニャラララ!」の意味は何だったのでしょうか。

えーっと…。
多分、SOLIDARIEDADE(団結とか結束の意味)だったと思います。

こんな“東京都特許許可局”みたいな長くて難解な単語を、
駆け出しの通訳が知ってるけないでしょう (汗)&(怒)。

因みに…これからサッカー通訳を目指している方!
情報として こっそり 教えます!
この単語業務中やたら使いますよ、ホント。

じゃまた

2007年12月17日 (月)

ブラジル料理 最高 !!

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お世話になっている自宅近くの
ブラジル・ライヴハウス・レストラン
『アウボラーダ』
写真はのマスター黒澤さん。
オレ的には日本人で最高のブラジル料理シェフとにかく美味いです。
本場の味のままなんだけど、
日本人にも違和感を感じさせずに食べさせてくれる。
お近くにお立ち寄りの際には、是非 お勧めです!

東京都武蔵野市吉祥寺本町 1ー32ー9 モトハシビル B1
℡0422ー20ー2797
ALVORADA
http://www.alvorada.jp

レオナルド(ACミラン)との会話

071213_122601 ACミランと来日していたレオナルド(ACミラン副会長補佐)のインタビュー中のショット。

彼とはいろいろ話したけど、やはり話題は浦和・鹿島を中心とした日本のサッカーの現状。
彼が実際、鹿島でプレーしていた頃と比べ確実に進化している(特に戦術面)日本のサッカー

『でもメンタル的にアンバランスな部分をもっと強化していかないとね。
確実に勝つ為のゲーム運びだとか駆け引き等、時間と忍耐が必要とされる作業だけど・・』

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2007年12月16日 (日)

浦和 有り難う!!!

最終的にミランの優勝で終わった今回のクラブW杯
浦和世界第三位は日本人として本当に誇らしい。

ご苦労様でした。 そして有り難う!

考えてみればミランに勝っていれば決勝に行けてたんだよね。
もし先制していたら結果わからなかったよね…。
こういう短期の大会は内容より結果だから。

ジーコがよく言ってたけど、

『日本が早急に手掛けなければならないのは、クラブレベル欧州・南米とのアウェーでの大会(ガチンコ勝負)を通じての強化だ』

鹿島時代にも海外の一流の大会への招待状が何度か届いた。
しかし、リーグの日程とかの問題で実現しなかった。
でも、アジア・アフリカが決勝に残るには、それしか手っ取り早い強化手段はないでしょ!?

浦和の戦いを見ても自陣ペナ内と相手ペナ陣内での駆け引きで勝ててれば、もっと上に行ってても全然おかしくなかったし…そう思いませんか?
それを信じて努力していかないと、浦和の必死の闘いに対して申し訳ないでしょう。

じゃまた

♪ クリスマス・プレゼント ♪

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友達からの見たこともないクリスマス・プレゼント
( いくつになっても嬉しいものですね ♪)
サッカーのピッチ型ラグっす。すっげぇ

素朴な疑問(車内編)

ある日の電車内でのブラジルスタッフとのやり取り。

『スズキ、何で日本人て電車に乗ったらすぐ寝るんだ!?』
『多分働き過ぎで疲れてるんじゃないですか?』とか適当に答えたら…
『ブラジル人は日本人以上に働くが乗り物では寝ないぞ』
そんな事考えたこともなかったが,、言われてみれば確かにそうかも。
ブラジルではバス、電車内で寝てる人をほとんど見ない。
治安の問題か?

そんなやり取りをしてる間に駅に着き、
今まで寝てた人達すっと立ち上がりさっさと降りて行った。
その光景をジッと見ていた彼等はすかさず
『どうなってんだ、これ?説明しろよ!』

ブラジル人にとっては理解不能なことのようです。

じゃまた

2007年12月15日 (土)

お宝 その3

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フェネル100周年記念ユニフォーム(エドゥから頂いた)

『ゲッ』、『何、それっ!?』

通訳駆け出しの頃の話。
ピッチに飛び出す前の“気合い注入円陣”で、
常に最後の一言を担当してくれる兄貴格のブラジル選手がいた。
しかし唯一問題だったのがその一言が長かったこと。
短く一言でテンションをトップに持っていけるのが理想なのだが…。
オレは意を決して彼に
『すみませんが短く、一言で何とか・・・』
彼はスンナリ了解してくれた。

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2007年12月14日 (金)

お宝 その2

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ジーコ現役最後公式試合ユニフォーム(お袋77歳)所有

仕掛ける勇気 後編

前編からの続きです。

~『子供の頃から数多く場数を踏んでいると身体が反応する
とほとんどのブラジルの巨匠達が言うので本当であろう。~

あるブラジルの巨匠は
『ヨーロッパ人達がよく俺のフェイントを細かく分析して、どっちに抜け出るかとか予測して止めようとしてるが無駄だね。だって俺自信がどっちに出るかわからないんだから。』
この元カナリア軍団の天才は、独特のフェイントによほど自信を持っていたらしく
試合の中で、ペナの手前位の位置だったと思うが、
どっしりと構えたバックに対し、同じフェイントを3回繰り返し(相手は動かない)
さらにもう1回同じフェイントをしつこくかけて、やっと動いた相手を強引に抜いたのを見た。

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2007年12月13日 (木)

お宝 その1

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靖八さん(俺の親父8882歳)の宝“満男大明神”

満男日和?に拙著をご紹介頂きました。
感謝!

CL決勝T進出! 大丈夫、上手くいくから

あぁ、ただただ女神に感謝
『大丈夫、上手くいくから』と思ってはいても終わるまではハラハラなのが凡人の悲しさ。
でもジーコ、フェネルついにクラブ創立以来初のCLベスト16(多分)。
去年はリーグ制覇(クラブ創立以来の好記録で)。二年連続の快挙だ!
去年、ジーコと優勝直後に話した時
『来シーズンはCLのリベンジの為に全力をつくすんだ。その為にもう一年ここに残る』
てっきり他の欧州のチームに移ると思ってたのに。よっぽど悔しかったんだと思う。
でもホントよかった。少なくともリベンジの一部が成し遂げられて、ホントよかった。
おめでとうジーコ!

フェネル、CSKAモスクワに勝利!

ジーコのフェネルバフチェ、決勝T進出=16強出そろう-欧州CLサッカー

仕掛ける勇気 前編

ブラジル人達がよく使うフレーズに
突っかけろっ!』とか『勝負しろっ!』というのがある。
要するに相手と一対一のケースドリブルで向かって行けという意味がある。
しかしこれは案外簡単ではない。
日本人選手が
『一対一で仕掛けるのって技術以上に気持ちの強さが必要なんですよね~、子供の頃からやっときゃよかった~』
嘆くのを聴いた事がある。
またブラジル代表の選手もシミュレーション練習の中で
『俺、これ苦手なんだよな~』
とブツブツ言いながらやっていた。

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2007年12月12日 (水)

FAVELA

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前に紹介したFAVELA(スラム)

『ゲッ!?』 から『プチどーだいっ』

95年、鹿島の時代ジーコが現役を終え役職が変わった。
記者発表の時ジーコの口から(勿論ブラジル語で)
『新しい役職は”DIRETOR TECNICO”です!』
横にいたオレは一瞬
『??? 何て訳すんだよ、それって?』
仕事の内容はわかっていたけど、いざとなったらどうしても適当な日本語訳が出てこない。
「ヤバッ」で、とっさに
TECHNICAL DIRECTORです!』
って聞いたこともない英語に置き換えてしまった!
でも翌日の新聞にそのまんま出て、以降定着したんで超ラッキー。
『それってオレが造った言葉だぜ!』
英語の堪能な方で95年以前にその言葉があったかどうか知っていれば教えて下さい。
それまではプチ自慢です。

じゃまた

2007年12月11日 (火)

ありがたやー

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自宅の窓からのご来光
ありがたや~

浦和 おめでとう!

浦和、ミランと対戦へ セパハンを3-1で下す=クラブW杯準々決勝
サッカーのクラブ世界一を争う「TOYOTA プレゼンツ FIFA クラブワールドカップ ジャパン 2007」(以下、クラブW杯)は10日、愛知・豊田スタジアムで準々決勝第2戦を行い、アジア王者の浦和レッズ(日本)がセパハン(イラン)に3-1で勝利した。浦和は13日の準決勝で、欧州王者のACミラン(イタリア)に挑む。(スポーツナビ)

いゃー、浦和がついに歴史を作ってくれました。
おめでとうございます!
一時はらしくない状態で心配したけど、今日の闘いはまさに“浦和”そのものでした。
これこそ現在日本で最も安定しているチームの闘いぶり。

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2007年12月10日 (月)

指名手配?

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78年、初めてブラジルの地を踏んだ時の外人登録証

信念のシュート練習 後編

前編からの続きです。

ジーコ
『この反復練習は、まずゴール前でのイージーなボールを確実に決める術と感覚反復することで、身体に覚え込ませる目的と、疲労の極致の試合終了直前にボールが来た時に自動的に身体を反応させる為だ。
俺はこの反復で感覚を磨いたんだ。
単純なボールをしっかり決めることが出来るようになれば、難しいボールにもそれなりに対応が出来る様になる』
選手によっては試合前日にこの練習をするのを嫌がった者もいる。

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2007年12月 9日 (日)

探してます!

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京都の嵐山嵯峨野のどこから街を撮ったものですが撮影場所どなたか知りませんか?
(画像悪くてすみません)

信念のシュート練習 前編

ジーコ生涯通算800ゴール以上をマークしている。
今回は元世界的ストライカーとしてのジーコに触れてみたい。

実兄のエドゥーによると
『俺が見て来た中で13歳頃のジーコは本当に凄かった。
今のジダンロナウジーニョがやってる技を奴はその年齢で完璧にやってのけた。
だが、あのまま成長していたら”ただ単なるボール扱いが上手い選手”で終わっていたかもしれない。
でもその年にフラメンゴに入って変わったんだ。点を取ることに目覚めたということだ。
それからの奴は徹底的に点をとる術を研究しだした』との事。

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2007年12月 8日 (土)

♪ おめでとう ♪

さーちゃん、ご主人さん、お世継ぎ誕生 おめでとうございます。
全く個人的な話題(姪っ子の第一子)ですが… おめでたいので、ついつい

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RIO

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我がRIO DE JANEIRO

お世話になりました 後編

前編からの続きです。

~ 高校を卒業し、
一年間ブラジル大使館や語学学校のオフィス・ポーイ、
ブラジル・レストラン等でバイトしまくりまして
(平均睡眠時間3、4時間で頑張って)
お金を貯めて、念願のブラジルへ行く事が出来ました。 ~

その後、
紆余曲折を経て
サッカーの仕事につき
(選手にはなれませんでした。残念ながら・・・)

ジーコという素晴らしいサッカー人
(ブラジルのサッカーのカミサマ)
に出会い、Jリーグ
(日本のプロサッカーリーグの事です)
を経て、
日本代表のスタッフとして、
ワールドカップ
(世界で最も大きなサッカーの大会)
に行く事が出来ました。

あの時、おじさんに出会わなければ
今のオレはありません。
心からお礼申し上げます。

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2007年12月 7日 (金)

誕生日と生卵

少し遅くなりましたが…オリベイラ監督 お誕生日おめでとうございます。

J1鹿島のオリベイラ監督、生卵をぶつけられる?  asahi.com

大変懐かしいですね。
鹿島、代表とブラジル人がいる処では常に付きまとっていた風習です。

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お世話になりました 前編

船員のおじさんへ

昭和45年、
横浜港から出港した
最後のブラジル丸の船員さんで、
当時ブラジルへ密航しようとしていた
15歳の小生意気な小僧に
1000円を貸して下さったおじさん
(お名前も伺わないで失礼致しました)

是非ご連絡下さい。
その子供はオレです。

あの日
お借りしたお金で
無事家に戻ることが出来ました。

有り難うございました。

家に戻った時、
両親が警察に捜索を頼んでいたみたいで
大変でした。

母親は泣いていました。
親父はひどく厳しい人ですが
その日にかぎって怒りませんでした。
逆に恐ろしかったです…。sweat01

友達とか近所の人達が
心配して集まって下さっていて、
あまりの情けなさと恥ずかしさで泣きました

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2007年12月 6日 (木)

CACHORRO(犬)

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嫁、手づくり作品、第二弾デス

MALICIAの日本語訳

多くの人にとってはどうでもいい事かもしれないが…

最近 “MALICIA”(マリーシア) というブラジル語が日本でも一般化している。
ただし訳が一律『ずる賢い』となっているのが
「ちょっとね?」という感じだ。

確かにケースによってはそういう意味あいで使われる事もないではないが、
スポーツに於いては、多くの場合、
駆け引きの巧みさ』とか『対応の賢さ
てきな感じだと思う。
辞書がどうのこうのではなくて『現地での生の感覚』というか…。
『ずる賢い』って、日本語の意味的にかなりエグイ感じを受けるでしょう?

まぁ本当にどうでもいい事だけど…最近気になるんです。

じゃまた

2007年12月 5日 (水)

座敷わらし

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嫁(宏恵)さんの手づくり作品デス。
座敷わらしは幽霊ではなく、愛らしい童子の姿をした神霊だと言われているそうです。

サッカーは戦争だ!

欧州遠征での出来事。

ある試合で終了寸前、不可解なPKをとられて負けた。
試合後、審判に向かってジーコが物凄い剣幕で食ってかかる。
彼には、毎日必死でやっている事が全く不可解で無責任な判定でだいなしにされてしまうのが許せないのだ。
俄かには信じ難いかもしれないがヨーロッパ、南米諸外国では、
たとえ親善試合であってもアジアのチーム になど絶対に負けられないという国のプライドが実際にある。
このゲームの後も同国協会のお偉いが大声でまくし立てていた
『ここに来て日本が勝てるとでも思ってるのか!?
  どんな手を使っても勝たせやしねーぞ!
  サッカーは政治だっ!サッカーは戦争だ!国の威信だ!

じゃまた

2007年12月 4日 (火)

【ご挨拶にかえて】 一ヶ月経過

ブログを始めて一ヶ月が過ぎました。
入江さん(ネルケ)、高島さん(アントラーズ)の惜しみないご協力と、
読んで下さっている皆さんのお陰です。
本当に有り難うございます。

現在、イスタンブールで頑張っているジーコの日本への想いと足跡を、どんなに時間がかかっても、また皆さんに対してたとえ一方通行であったとしても、記録に残して行きたいと思います。
サッカーに限らず歴史的にも後世に影響を与える偉業は、最初なかなか人々に受け入れられませんでした。
ジーコの場合もそれに似たものを感じます。

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永遠の魂が宿る聖地 後編

前編からの続きです。

町の人々・我々スタッフ・選手達・家族・サポーターにとっても、
本当に辛い時期だっただけに、『カシマ丸船頭』ジーコの苦悩は図り知れなかった。
そんなカシマが今では日本を代表する強豪として君臨している。
みんなの努力が報われた。
ジーコがそんなカシマに我が子同様の思いを寄せるのは当然かもしれない。

過日そのカシマに絶不調の波が襲った。
全員が必死で努力しているが結果が出ず苦しみもがいてた。
そんな中、地球の裏側で見守っているジーコから一通のメッセージが届いた。
誰宛てともなく…。

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2007年12月 3日 (月)

永遠の魂が宿る聖地 前編

CENTRO DE FUTEBOL ZICO(CFZ) ジーコ・フットボール・センター。
1994年、ブラジル、リオ・デ・ジャネイロ市内にジーコがその情熱と心血を注いで設立した、プロチームとサッカー・スクールを併せ持つ総合サッカーセンターである。
同センター内にあるジーコの執務室に飾られている数多くのトロフィー、感謝状の中でひときわ堂々とベストポジションをキープするシンプルな書状が目を引く。
茨城県鹿嶋市からジーコに与えられた『名誉市民』の認定証である。
世界の著名なサッカー関係機関、日本からは宮内庁・政府等からの感謝状を抑えてベストボジションに掲げられていることだけを取ってみても、ジーコのカシマという小さな町に寄せる愛情の大きさが伝わってくる。

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2007年12月 2日 (日)

そういえば…

こんな記事を見かけました。
『その年のA代表戦に出場した選手が一人もいないクラブが優勝したのは初』
・・・そういえば・・・そうでしたねぇ。

鹿島優勝

もう言葉なし! 凄い! 鹿島! 鬼のグループ!集中のかたまり!
言葉なし! もう何が何だかわからない!凄すぎですっー!

ここまでが優勝直後の気持ちそのままです。
まぁ、本当に劇的でしたね。
諦めなければ・・・の典型でした。
新しい鹿島だけど彼等が未来の鹿島を作って行くんですね。
鹿島を支えた全ての人々に心から『おめでとうございます!!』

でもちょっと心配なのがクラブW杯を闘う浦和
日本中が応援します!どうか切り替えて目一杯やって下さい。
成功を心から祈っています。

あと個人的にラモス監督、昇格おめでとうございます!
どんなに辛い闘いだったかオレは知っています。
ご苦労様でした。

じゃまた

Jリーグ、鹿島、6年ぶり優勝

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2007年12月 1日 (土)

通訳親父キャラ

小6の娘がクリエイトしました通訳親父キャラ!!
早速デジタル化!  (右)
今後ともよろしくお願いします。

Ayano_kyara Suzukinho5

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