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2008年2月の29件の記事

2008年2月29日 (金)

オレが何故この世界に?

サッカーとブラジルにハマって40年がたった。

思いおこせばサッカーとの出会いは小6の体育の時間
当時、社会的にウルトラマイナーなサッカー。
小学生がその名前すら知ってるわけがない。

『サッカー?何それっ?』

ある日の体育の時間に突然担任が
『今日は簡易サッカーをするぞぉー!』
一言対する生徒の反応

簡易サッカーとは、
はやく言えば、ポートボールのサッカー版。

ルールなんて何が何だかわからないで、
ただひたすら群がって
目の前のボールを蹴っ飛ばす子供達。
そんな中、
全然面白みを感じていなかった
オレのとこに飛んで来たボール


何の気無しに

『蹴らずに止めてみようっと』

と思ってトライしたら
スーッと足元に吸い込まれる様に
ボールが止まった、偶然にも!

その時の恍惚感 sign02

ハマった理由でございます。

それから紆余曲折あって
ブラジルに出会ったりして。
それが今の自分に繋がっているというわけ。

人生ってつくづく不思議なものだと思う。
あの時トラップが一発で決まらなかったら
確実にオレの人生は別のものになっていた
と思うと……。

じゃまた

2008年2月28日 (木)

『親父サッカーに光を!』 其の九

『親父サッカーに光を!』 soccer

経験だけは豊富な素人スズキーニョが(笑)、愛すべき素人オヤジ達に提起する

~ 何歳になってもボールを、サッカーを愛する為の
『辛い努力なしで、
サッカーがプチ上手になれる方法

其の九 デスsign03

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2008年2月27日 (水)

殺海老犯

ブラジルでの出来事。

その日はマジでな~んにもすることがなくて
どーしょーもない程暇だった。

突然、隣の航空会社に勤めてるアニキが入ってきて

『おー、ニッポン!暇か?釣行くかっ?』 fish

そんなもん生まれてこのかた一度もやったことなかったし
興味もなかったけど仕方ないから

『いーっすよ…』 paper

巨大な湖みたいな場所に連れていかれた。
それから手漕ぎボートで岸からかなり行ったところで留め
いよいよ釣開始!

ここまで追い込まれると不思議と
『ちょっと面白いかも』

と思ってしまう。何も知らないオレにアニキが

『釣りしない日本人なんて聞いたことねーよ…』

とかなんとかブツブツ言いながら gawk
餌用の生きた小海老を竿に付けてくれた。

『いーか、ニッポン!
 餌が死なないように投げろよsign01
 そーじゃないと魚が喰わないからな!

『なーるほど』 flair

一投目。

水面に勢いよく叩きつけられた海老は二度と動かなかった…

アニキがまた別の勢いのあるのをつけてくれる。

二投目 駄目だった。

三投目、四投目も同じだった。

実に難しい。
隣のアニキは楽々とやってのけるに。

その後も全く見事な位に駄目なオレ
さすがの温厚なアニキもキレて

お前はプロの海老殺しかっ sign02

ホント申し訳ございませんshock
 一生懸命やってるんですけど

じゃまた

2008年2月26日 (火)

おめでとう“なでしこ”&ガンバ

凄い嬉しい事だよねーsign03

今、日本にはこの様な海外での結果が一番大切だと思うんだ。
もちろん基本はJにあるんだけど、
クラブレベルでもどんどん海外の質の高い、
伝統のある大会
に出て行って
(まだ知名度が日本の場合低いのが現実だから
高いギャラは望めないかもしれないけど・・・)
経験プラス結果を求めていく。punch

Jリーグもその辺出来るだけ融通をきかせて
協力してくれればクラブも出やすくなると思う。

クラブW杯の形をとるようになった今、
世界一を現実的に目指せるんだし、環境は最高だよね。

気合いで行きましょうsign01

2008年2月25日 (月)

ジーコびっくり

今日のお話はゴクゴク単純です。
15年間のジーコとの付き合い
彼を驚かせた三つのアイテムのご紹介。

何となくいーかな?的ノリでかけた
昔のオバサン・パーマネント
クラブハウスでハチ合わせして、
オレの頭をジーっと見て(気持ちのけ反り気味で)から
小声で「…パーマネント sign02

海外遠征の時、
自分の黒いコロコロが使えなくて、
しょうがないから
カミさんの真紅のをズルズル引いて空港へ行った時。
真紅のコロコロをじーっと見てやはり
小声で「…真っ赤 sign02

当時インターナショナルスクールに通っていた
息子の何かの件で
スクールマスターとの話し合いに通訳として
「付いて来てくれ」と言われた時、
外人(オレはブラジル語か日本語を話さない人々をそう呼ぶ)に
ナメラレない為に新調した淡い紫のスーツ
玄関に仁王立ちしているオレを見て
「・・・おぉ 薄紫っ sign02

驚愕!
『パーマネント、赤いコロコロ、薄紫スーツ』
でした。

じゃまた

2008年2月24日 (日)

対韓国戦

いゃ~、いゃ~、いゃ~、燃えたけどなーっsign03

取りたかったよな~、マジで。  despair
ジーコの時も終わって見れば2位だった。
やったら悔しかった、ホームだったし。
大事なのは糧にすること、ホントの意味で。

でも点の取られ方がちょっと気になるよね。
急造とは言え、あれはボランチが付いてかないと。
厳しい相手とやったら (この試合もそうだったけど)
この1点で勝ち切れない、最悪負けちゃうんだから。 sweat02

みんなで声かけながらやってこーぜsign01
大丈夫、絶対良くなるから shine

じゃまた

2008年2月23日 (土)

あっしのアミーゴ 【レオナルド】



前前回、スポーツイベントで
レオが来日した時の一枚が出てきましたので。 soccer

ジーコと同様に
今でも付き合いが続いている大切なアミーゴですsign03
仕事抜きでも
マジいー奴です、信じられないほど

2008年2月22日 (金)

あんたなんか大嫌い!

二人で渋谷の焼肉屋で肉を焼きまくっている時の会話

『ジーコの看板て重かったでしょ?』

『…、何でも長くやってりゃ慣れるもんだ
 でも一度忘れらんないことがあったな、そー言えば……』」

山ほどいる狂信的なフラメンギスタ
一人で背負っている頃の話
シーズンが終わり休暇を利用して
ボロボロになった体と神経をリラックさせる為に
海の別荘に行った時のことだそーだ

『ボートshipで適当に沖へ出て、一旦潜ったんだ。
 それで顔を海面から出した瞬間
 オレの目の前にwaveザッパーッwave
 “見知らぬ女”海面から顔を出したんだsign01

『げっ、化け物か何かですか!?』

『いや、普通の人間の女だ……』

『???』

『そんでだなー、いきなりオレに向かって、
 その見ず知らずの女がだぞ 
 ”あんたなんか大っ嫌いよっsign03sign03
 って叫んだんだ!』

『?』

『なんだか、ダンナがオレの大ファン
 試合があるときなんかカミさんホッボラかして
 ”ジーコ、ジーコ”って試合を見に行っちゃって
 どーしよーもないらしいんだそーだ。要するに嫉妬だなぁ

『はぁ…』

『しょうがないから宥めたよ。
 ”いゃ、奥さん、あなたのご主人が私を好きなのは、
 あなたに対する愛情とは全く別の感情だと思うんですよ”
 とか何とか適当なこと言って……』

お気の毒に
海面にプカプカ浮きながら
プライベートな時間に、他人の夫婦喧嘩の仲裁とはsign01

マジご苦労様でした。
やはり看板はカナリ重かったようで。bearing

じゃまた

2008年2月21日 (木)

対中国戦

皆さん『ホントにお疲れ様でした』
としか言いようがない試合。

オレ達もアジアカップの時
ピッチ外で毎日、日替わりで誰かしらが
現地の関係者と喧嘩してたぐらい土地柄。

唯一の成果は
選手、スタッフ、サポーターの方達、
記者さん方、ほんの一握りの日本人集団が一つになり、
何億人からのプレッシャーに耐えて
タイトルを獲得
したこと。

日頃、手厳しい記者さん方までもが
仕事そっちのけで闘ってくれた。good

あれ程の結束は今まで見たことがない。
全員がただ自国の名誉だけの為に。

ガンバレsign01みんなsign03

自然監視員

ブラジルに行った日本人を待ち受けているのは
大体の場合、二種類の道のどちらかの選択だ。 libra

その生活テンポの違い
イラツキ、強烈にホームシックにかかり
早々に日本に帰るか、
120%現地のそれにドップリ同化してしまうか。

オレのケースほぼ後者だったが
それでも
「絶対あんなことできねーよ!」
と思ったことがいくつかある。

その一つが、
自宅の玄関の階段
何の目的もなく
ただひたすら座り

前を通過する人々の動きを
じぃーっと“一日中”見ている eye
という行為だ。

最初は抵抗というより
その行為自体が理解出来なかった
ただただ腹がたった。 pout

因みに現地人はその行為をしている人達
『“自然監視員”と呼ぶんだ』
何の抵抗もなく教えてくれた。

半年後……

何の疑問も抱くことなく
階段に座っていたオレって sign03 sweat01

じゃまた

2008年2月20日 (水)

『親父サッカーに光を!』 其の八

『親父サッカーに光を!』 !!またまた…アップです。

経験だけは豊富な素人スズキーニョが(笑)、愛すべき素人オヤジ達に提起する

~ 何歳になってもボールを、サッカーを愛する為の
『辛い努力なしで、
サッカーがプチ上手になれる方法

其の八 デスsign03

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2008年2月19日 (火)

対北朝鮮戦

思い出すねぇ。重慶・・・。
内容に関しては横で見てたカミさんは
『つまんない!不満!』
・・・わかるけどね。 coldsweats01

でも現場をモロ経験してると
まだ監督変わったばかり
ベースとなるチームを模索しながら
あれこれやってる最中だから
こんな感じだろうと思ってしまう。

それより理解出来ないのは審判団
東アジア連盟?が力を入れて
良い大会にしたい
と前から言っていた。

じゃなぜ揉めない為に
外(欧州)から審判団連れて来ないんだろう?  think
この前のハンドボールもそうだったけど、
アジアは絶対揉めるのはわかりきってることじゃんsign01

当時ジーコを先頭に
オレ達も連盟に何度も提案したんだ。
でもいつも
同地区のレフェリーのレベルアップも考慮して…
みたいな訳のわかんない説明を受けて
結局は何も変わらなかった。 crying
深刻だよね、マジで。danger

特にどの国も対日本には異常だし・・・
どうなって行くんだろう、これから先 sign02
オレ達日本人は
同じ土俵でフェアーにやらせてほしいだけなのにね・・・。

じゃまた

2008年2月18日 (月)

ジーコ サスペンスストーリー 『Quem matou o Japa ????』

皆様、ご機嫌いかがでしょう?
今日は悪友アルツールジーコから最近SUZUKINHOに
特別に寄せられたサスベンスストーリーを皆様にご紹介しましょう!
タイトルは
『 Quem matou o Japa?―日本人を殺害したのは誰だ?』

私の隣人であり善き友人の日本人―スジロウが
交通事故で重態との連絡があり
入院先の病院の集中治療室へ急いだ。

Fui visitar, na UTI, o meu vizinho japons, vitima de grave acidente  automobilistico.

ICUの彼は気の毒にも体におびただしい数のチューブを装着され、
事故の凄まじさがうかがえた。

Encontrei o japa todo entubado, era tubo pra ca,tubo pra la,fios pra todo lado.

ショックのあまり私は彼の横たわっているベッドのすぐ側に立ち尽くした。

Fiquei ali parado, de pe, na beira da cama...

無駄とはわかっていたが私は彼に声をかけてみた。
「……」
やはり目を閉じたまま何も応えない。
彼はポルトガル語が不自由なこともあり当然といえば当然だ。

O japa, de olhos fechados, nao respondia a minhas perguntas, mesmo porque nao falava portugus.

そんな中、突然彼が大きな身振りで目をカッと見開き
何かを私に訴えようとした

Em dado momento, fazendo um esforco enorme, o japa arregalou  os olhos e gritou-

「チラボタナカヨバ、スシマシュタ…」

ありったけの力を振り絞り、
最後に私にそうささやいた彼は遂に息を引き取った

Tyrabota nakayoba, sushimashuta!!!  Dito isso, suspirou e morreu.

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2008年2月16日 (土)

新魔球

小笠原“新魔球”を本格導入 

のニュースから…

ミツオの大きな武器の一つであるフリーキック。
世界の上手い選手の蹴り方とかボールの質に似たものを感じる。

直接というより人に合わせるボールの質が凄いと思う。

今のサッカーはフリーキックからの得点率が
物凄く高いから…さらに磨き込んでほしいと思う。

それと、流れた球に対してのファーサイドの使い方を
チームとして確立したらもっといーのに!!

じゃまた

2008年2月15日 (金)

ファースト・オプション

ジーコがまだ現役でバリバリの頃、
聞いたことがある

周りがほぼ360度見えてるみたいですが
中盤でボールを受けた時ファースト・オプションは?

どこを狙ってます?

当然相手ゴールの一番近い位置
ポジションを取ってる味方だよ、当たり前だろっsign01

そういえば昔こんな事があった。

鹿島時代、
遊びでミニゲームをやってる時

誰かが
全く相手のプレッシャーがかかってないところで
バックパス
した。

そしたら、いきなり bomb

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2008年2月14日 (木)

サンバ『何ちゃら』 カセット事件

CDの前の時代の話。
ブラジルにいた。

当時ハマってたのはサンバ『何ちゃら』
いろいろなジャンル、ロック、R&B、ジャズ、ポップ等を
サンバでやっちゃうというもの。
現地の奴らは「邪道だよ、あんなもん!」
まぁ、日本でいったら
ジェームス・ブラウンを演歌でやっちゃうようなのりだから
一般受けはしないよね、やっぱり。
でも“サンバ大好きジャパ”のオイラとしては
「これこそ自分の為に出来た音楽だぜぃ!」good
金の続く限り“カセット・テープ”を買いあさった。

そんなある日、

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2008年2月13日 (水)

パブロフの犬 【通訳編】

長年の間に身体にしみついた習慣とは恐ろしい。
特定の状況になると
頭で判断する前に自動的にアクションを起こしてしまう。

韓国で何かの大会に代表が参戦した時の共同会見
ジーコがメンバーを一人一人読み上げ始めた。
もちろん日本人選手の名前だから当然、日本語で。
ジーコ「カワグーチ」
  オレ「川口」
ジーコ「カージ」
  オレ「加地」

ジーコが横のオレをチラッと見た。

オレは気にせず極めてクール。
名前で間違えるはずないじゃん。
この道15年ですよ、15年
sign03

ジーコ「ナカザーワ」
  オレ「中澤」

そこで…いきなりジーコがbomb

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2008年2月12日 (火)

首相官邸にて

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2006年ドイツW杯の前に当時の首相小泉さんの官邸で。

話題は覚えていないが
いつものようにジーコが小泉さんを“いじって”
負けずに小泉さんも何やらかましてるところだと思う。
最初から最後まで笑いが絶えない楽しいひとときだった。

ジーコって妙に官邸とか御所似合うキャラなんだよね…。
監督なんかやめて大統領なんかやればいーのに。
そしたらおれはブラジル初の外国人高級官僚?!
あっりまえでしょー、コネは最大限利用しないと!!

じゃまた

2008年2月11日 (月)

異業種研修会に参加

_

『リクルートとベルシステムの異業種研修会』
に参加してきた。pencil
元アントラーズの本田と相馬と一緒に。

最初は何をやるのか前もって説明がなかった(故意に?)ので
マゴツイたが終わってみみるととても興味深いものだった。
要は異業種どうしが互いの経験等を一定のルールに則った形で交換しあいながら
コミュニケーションの大切さを再確認しあうというものだ。

ジーコも問題にしていた
『コミュニケーション』

本田、相馬も言ってたけど
『日本のサッカー界にも取り入れたらいい』
全く同感!
多分この企画に招かれてなけりゃ
一生話すチャンスがなかった方々と
真っ正面から話し会えたのは貴重な体験だった、マジで。

じゃまた

2008年2月10日 (日)

何故かやたら成長する亀 その2

Photo

前にご登場頂いたわが家の癒し系。
今回はこの仲睦まじいショットheart04
いつもは喧嘩ばかりなのに、たま~にこんな感じにも。
二匹とも数ヶ月前に来た時は
同じ大きさだったなんて信じられないでしょ!?

ふぉと camera ばい カミさん

2008年2月 9日 (土)

トラップ命 後編

前編からの続です。

そんな選手達に向かってジーコ

「利き足の場合、トラップのズレはある程度、直ぐ調整出来るが、不得手な足だと周りを素早く確認してボールを置く場所を判断し丁寧にプレーする必要がある。その感覚を感じ取って実践で活かすように」

要するにトラップの大切さを再度選手に伝えたかったのだ。

この技術の重要さをまざまざと見せつけられたのが
『歴代アントラーズブラジル人対アントラーズ現役』のゲームだ。
体重オーバー、練習不足、年齢の問題等
とても見られた試合にならないと思ってたら、
なんとブラジルチームが優位にゲームを進める。
経験から実にサッカーという競技をよく知っている。
それとやはりトラップが違う
次のプレーにスムーズに移行出来る処に
実に上手くボールを落とす!
だから無駄な動きがまるでない。

一見単純なこの技術をもう一度考え直す必要あり!!

じゃまた

2008年2月 8日 (金)

トラップ命 前編

ブラジルを始めとした南米のサッカーで
名手と言われる選手に共通するのはトラップの巧さだと思う。
ブラジル語では
ボールを“支配する”とか“殺す”とかの言い方で表現される。
彼等はよほど相手にギチギチに寄せられてない限りは
確実に次のプレーを考えて
球を置く(落とす)位置を決めている。

実はオレがこの確信を得たのは
日本代表でジーコのある練習を見た時。
彼のモットーは
「練習は実際の試合で起こり得る場面を想定して行うべき」
練習の為の練習メニューは組まなかった。

それがある時ゲーム形式の練習の最中
「今からは左足のみで!」
ジーコ
オレは思った
左足だけなんて実践ではありえないだろう?
らしくないな!
代表で不得手な足の練習もないだろうに・・」
ほとんどが右利きの選手達
ぎこちなくボール扱いに苦労している。

コンチヌーア 続きは…また明日。

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2008年2月 7日 (木)

対タイ戦

お疲れ様でした!soccer
前半はいかにも“予選”て感じのゲームで嫌な感じだったけど
我慢して攻め続けた結果だよね。
よかった、よかった得失点も稼いだし!
予選はとにかく結果ですから。
一つ一つ大事に行きましょー! punch

じゃまた

草サッカーとW杯の共通点 【後編】

前編からの続きです。

一瞬の静寂が襲った。

直後背後から
『何やってんだ、オマエは!!』
何度も耳にしている周りを叱咤するカン高い声だ、ジーコの。

しかも、今回は完璧に決定的なチャンスを台なしにして、地面にヘタリ込んでいるオレに向けられている

『ヤッバー』

と一瞬思ったが恐々振り向いてみたら
“カミ”が腰に手をあてて目の前に仁王立ちしていた!

『オレはこのボールを待ってたんだっ!』

恐縮していたオレだったが
この一言でキレた

『あぁそーですか?
じゃなんですか?オレはシュートしちゃいけないんですか?

こんな草サッカーでっ!』

この思いがけなく発してしまった失言 (???)
万事休すだ。

すると

『悪かった…。
でもな、オレにとって草サッカーだろうが、
W杯だろうが関係ないんだ
よ。

このチャンスと感じた瞬間はそれだけに集中しちゃうんだ…』

カミの態度もそうだけど、この一言の内容に対し
『すっげぇ、やっぱり世界は違う!!』
不覚にも変に感動してしまった。

現役選手諸君!見習いたまえよ、
この真剣さを、この集中を。
このサッカーに対する
真摯な態度を!

じゃまた

2008年2月 6日 (水)

出演番組で『イキナリっ』

7日放映のスカパー番組の収録を終えた。
ジーコ、フェネルの事を喋って来た。

ゲストの方々の中に“実況の神様”金子さんがいらっしゃって、個人的にheart02してしまって…。
何しろガキの頃テレビにかじりついて見ていた
あの伝説のダイヤモンドサッカーの金子さんが目の前に!

その懐かしい美声に聞き惚れていた瞬間、
金子さん御自身から突然オイラにお題を振られバタバタしてしまったsweat01
何しろ内容なんて全く聞いてなくて、
その御声にうっとり状態
『イキナリっ!』

ほとんど生放送状態だから
『すみません、聞いてませんでした』
なんて小学生みたいなこと言えないし。
周りの方々のお陰で何とかクリアーしたけど…。
まぁ最終的に無事にすみました。

しかし35年前には考えられないよね、ダイヤモンドサッカー時代には。
この種のマニアックなサッカー番組なんて。
サッカーって日本でも市民権を得たんだねー、
マジで、そー思ったよ。

じゃまた

『UEFA Champions League07/08 決勝ラウンド直前SP徹底討論会』
http://blog.skyperfectv.co.jp/soccerprogram/archives/2008/01/uefa_champions_4.html

2008年2月 5日 (火)

草サッカーとW杯の共通点 【前編】

鹿島時代、スタッフでよく練習後にミニゲームとかをやってた。
たかがミニゲームとお思いになるでしょうがとんでもない、
結構熱くなる場合が多くって。
サッカーって面白いよねー。

いつもはエラソーにしてる監督、コーチやらなんやらを子供にしちゃうんだから!
要するにみんな“サッカー小僧”なんだよなー。
ただ過去の経歴が“ちょっと”違うだけで。
ブラジル代表と田舎中学のサッカー部 ……
そぅ、ただそれだけ!

あるゲームで右からクロスが来て、
まさにゴール前に最高のポジションを取ってたオレに
『シュートしてください!』
と言わんばかりのボールだ。
そこでオレは“黄金の右”を確実にあわせた…

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2008年2月 3日 (日)

ポップサンバの大御所

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知る人ぞ知る
70~80年代のブラジルのポップサンバの大御所
ベニート・ディ・パウラ!

代表時代、
視察の行き返りジーコの車の中でよく聞いたもんです。
大声で唄ったり。同時代を生きてきたもんで…

因みにオレが初めてブラジルへ渡る前(19歳)
バイトさせてもらっていたブラジリアンレストラン
“サッシ・ペレレ”
のオーナーの小野さん(ボサノバ歌手の小野リサさんのお父様)が
ブラジルで経営されていたライヴバーで
売れる前のベニートがピアノの弾き語りをしていたんでっせー!
通にはたまんない話題でげしょー!?

じゃまた

2008年2月 2日 (土)

大至急!と言っておきながら…

遂に今年も始まりましたリオデジャネイロのカーニバル
(といってもブラジル全土でやってるんですが)

今たまたまブラジルから振られた仕事の詳細を確認する為
連絡したら既にズィリンギドゥン、ズィリンギドゥンでした。
「木曜日まではブラジル動かないよ~ん」
とのこと。
人に大至急と仕事を預けときながら…

しかしながら憎めないのがブラジルです。

じゃまた

2008年2月 1日 (金)

通訳はつらいよ

代表時代、恒例行事だった
次の試合のメンバー発表&共同記者会見

ある時、監督付きの番記者さん達が
会見の後オイラのとこに集まって来て
「セニョール!今日カミがアルゼンチーナとか何とか言ってたの訳さなかったでしょう、何で!?
注)セニョールはアッシのニックネームでカミはジーコ

「アルゼンチーナ?? カミ言ってないっすよ、そんなこと」

「いやー、絶対言いましたよ!アルゼンチーナって」

ただでさえその当時、
巷でジーコが5分喋ったのに訳が1分だとか
(この問題に関してはわたくしなりの正当なる理由があるのですが!)
いろいろ言われてた時期でもあり、正直ちょっと焦った

結局はカミがブラジル語で
「A GENTE NA ……」 ア ジェンチ ナ
我々は云々の意味
と発音するのをアルゼンチーナと思い込んだだけだったのだが。

まったくもーっ、脅かすなっつーの。
まぁ、そんなことでジタバタしちゃうくらい
後ろめたさ(?)満タンのオイラが情けないんだけど……

じゃまた

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