国を背負うということ
北京オリンピック。
メダル候補が敗れ
注目度が薄かった選手が躍進。
メディアが飛び付く…。
15年間やって思うこと。
“国を背負う”時は
世界相手に
素手で戦争に行くのと同じ。
相手も素手。
選手は兵士。
誰が最前線か後方支援か。
誰が医療班か
潜入部隊かなど
全く関係ない。
有名、無名は関係なく
全ての兵士が
家族、親族、友人、恋人がいる国を
守る為に必死で闘う……
ただそれだけ。
メディアにはいろいろ批判されたけど
今となっては文句はない。
『盛り上げるだけ盛り上げて…云々』
等と言う人達もいるが。
オレがムカついたのは
逆に“いざ本番!”っていう時に
『行くぞ、日本!!』
の代わりに
『こんな問題あるけどどーかねぇ…?』
みたいな
へんに冷静で
ネガティブなお題目が一面を飾る時。
『あんた達は何人だっ?』
と思う。
負けたら何と書かれようがそれは仕方がない、ムカつくけどね(笑)
サッカーで言えば
“マンツーマンで押さえなくちゃならないところを抜かれて大ピンチ”
みたいな感じだから。
目一杯、
目一杯頑張ってほしい、
国を背負ってる人達には


















確かにこういうのってありますよね。
オリンピックで余計にこういうのが目立つのかもしれません。
テレビ番組で見たのですがオリンピックでメダルをとれたかそうでないかでは当然メディアの反応がかわってくるので、いかに有名な選手でもメダルをとった選手のほうが帰りの飛行機なども優劣つけられたりするそうですね。
シビアすぎます・・・。
投稿: haro@珈琲で夜更かし中 | 2008年8月15日 (金) 02時04分
haro@珈琲で夜更かし中 様
善くも悪くも現実なのですね。
サッカーの極端な商業化も含めなんか深刻です…
投稿: suzukinho | 2008年8月17日 (日) 08時01分