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2008年12月の29件の記事

2008年12月31日 (水)

ご挨拶

早くも今日が2008年の最後の日。
皆様には心から感謝いたします  (^人^)
思いのほかたくさんの方々に記事を読んで頂いて、
マジ『マジっすか!?』って感じでした。

カミが日本を離れて既に二年以上経ち、
私自身もべつに目立つこともなく、
ごくフツーのおじさんとして活きているにもかかわらず、
こんなに多くの方々にblogを読んで頂けるなんて…(泣)

2009年も引き続き精一杯、
記憶と五感、六感を総動員して
毎回大事にケータイ文字盤?
を押し捲くって行きますので
変わらぬゴヒイキ
よろしくお願い申しあげます。

皆様
お一人、お一人にとり
実りある2009年になります様に
心の底から祈念いたします(^人^)

あーざしたっ m(_ _)m

2008年12月30日 (火)

サッカースクールでのカミ

カミとはよくサッカースクールで全国各地を廻りました。
特に印象に残ってるのは
小学生レベルのスクールでも
常に全力投球で応対するお姿。

手抜き全くなしっ。

内容も当時Jリーガーのサッカースクールの主流だった
デモンストレーションをふんだんに取り入れたショー的な雰囲気は皆無
全て基本、基本、基本sign01

最初はカミってことで
子供達も緊張気味で
い⌒感じで始まるも
あまりに地味⌒な内容
子供達のテンションがいまいち上がらない。

そんな中、精力的に子供に声をかけ指導していくカミ。

「これが一番大事なんだ。
基本を確実に身につけておけば
後はなんでも出来るsign03


まぁ、確かにおっしゃる通りですが
子供によっては
どうしても飽きてしまって集中出来ない。
ぼーっとしてしまったり、
地面に絵を描きだしたり。


そーいう時のカミは子供にも厳しかったですよぉ
要するにめり張りを教えたかったんですね!
集中するときとリラックスするときの。
時間と共に段々とカミリズムにはまって行く子供達。

最後には子供達が何百人いようが
必ず一人一人と握手をして写真撮影。
また協力して下さった地元のスタッフの方々に
声をかけて労をねぎらって終わる。

自分があの年代だった頃に
これは覚えておいて役立った。
またこれをしておけばよかった
という事を思い出して
自分で作ったプログラムだから
自信がある。

子供の将来を考えたら
いい加減なことは出来ないからな!

ははぁ⌒

2008年12月29日 (月)

年の暮れ…フットサルスペースから世界平和を…

081226_143734_m_2

逆光チックの
超見にくいショットですが
自分的には失敗とは思っておりません、念のためsign01

ブラジルの大都市にある様な
ちょっとしたフットサルスペース
ふっと見掛けました、都内歩いてたら…

世界規模の金融危機
失業
日常茶飯事となってしまった凶悪犯罪 (泣)sweat02
世界一安全な国が今では……

そんな世界とは掛け離れた様な
平和なこのスペースsign03
今日は平日なので
子供達はボール蹴ってませんが。

サッカー世界の平和を呼び戻す
役割を果たしてくれます様に
(^人^)

2008年12月27日 (土)

懐かしの…その11 LEONARDO NASCIMENTO DE ARAUJO(LEO)

懐かしの
LEONARDO NASCIMENTO DE ARAUJO(LEO)

Leonardo

ブラジルマスコミ評:
FLAMENGOに於いて若くして攻撃的左サイドバックとして台頭。
91年にヨーロッパに移籍し中盤にコンバートされる。
同ポジションでも非凡な才能を発揮
94年のW杯ではPARREIRA監督から
再度左サイドバックとして登用され
レギュラーだったBRANCOを抑えポジションを獲得。
その後、98年W杯では中盤の要として出場
(左ききながら中盤の右を担当)
そのプレーぶりはインテリジェンス溢れ、
AC MILANに於いてはサポーターからアイドル的に愛され
多くの貴重なゴールをあげる。

LEO、鹿での存在感も抜群だった。
個人的にも今でも付き合いがある。
すっごいいい奴、マジで!
FLAトップチームでレギュラーになったのは16歳。
レギュラーの選手が怪我してて
紅白戦(対ユース)でカミ(当時まだ現役)が
中盤でプレーする子供のLEOを見て
「“左サイド”で使える」と進言。
そのまま一直線に開花の道へ!

2008年12月25日 (木)

ジーコからのメリークリスマス

いよいよクリッスマス sign03
またまた頂きましたぁ、
カミから『皆さんにお送りしてくれ』のメッセージ付きで sign01
今年もお蔭様で“カミカード”
このblogで皆さんにお届けすることが出来ましたこと
心より感謝致します。
(┬┬_┬┬)

皆さんがそれぞれにサイコーなひと時を過ごされます様に……。

メリークリスマス heart02

Photo_2

『今年はX'masのだいぶ前に
最高のプレゼントを戴きました。
それは孫の誕生!!
だからあえてX'masには靴を二つ窓に置きます。

いざ孫が誕生してみると
彼の生きて行くこの世界の今後が
とても気掛かりで考えさせられます。

今年はおじいちゃんになって最初の年になります。
大変大きな喜びであり、
自分からのクリスマス&新年のカードで
この一大事を触れないわけにはいきません。

だからこのカードに最大の愛情と思いを込めて送ります。
皆さんにより良い世界が訪れるように、
に満ち溢れ、
全てに寛容で、
そして病むことがなく
全てが平和にありますように。
互いに尊重しあい、全ての人々にチャンスが訪れますように。

メリークリスマスそして最高の2009年を!  ZICO』

【急報】 Feliz Aniversario!

えー、当ブログの管理人をしています黒子です。
いつもご愛読頂きありがとうございます。
え…お呼びでない… sweat01
あ…それでは手短に…お知らせを…


素敵なクリスマスは、suzukinhoのお誕生日でもあります。
皆様と一緒にお祝いしたくて…
本日はスズキーニョに無断で登場しました。coldsweats01

では皆様を代表して
heart02shineお誕生日おめでとうございます!!!shineheart02


loveletter皆様からの暖かい”お祝いメッセージ”お待ちしております。loveletter

黒子でした。

2008年12月24日 (水)

ウディネのカミ

数年前に日本でも発売された
イタリア時代のカミのDVD見ました sign02

ぶったまげもんのプレー満載sign01
わたくしはあれがイタリアで発売された時に
運よく現地におりまして (^O^)/

状況としては
出張で現地に“たまたま”行ってて
街のレストランで“たまたま”カミと食事などしておりました時
一つの荷物がカミに届きました。

カミが開けると
中には10本程のDVD。
いきなりカミが
そのうちの一本にサインをして下さって

これやるよっ」

って (驚)
部屋に戻って観たら
さらに内容の凄さに (驚)

当時カミの来伊についてイタリアでは
フェラーリのエンジンを搭載したワーゲン”
という表現をされた。
ワーゲンは当時ブラジルで盛んに生産されていたから。
カミ自身は

「そういった表現は好きじゃないけどな。
しかし実際あの頃、
ウディネーゼは
熱狂的なサポーターの後押しの割には
パッとしない
チームだった。
ただしかなりの勢いで上を目指してた。

だからオレが向こうに着いた時はとんでもない騒ぎだったよ。
その期待には充分応えられたと思う。
特に初年度はな…


事実イタリアでの二シーズン目は
クラブ上層部からのピッチ外でのアンフェアな扱いを受け
プライド、名誉を傷つけられ大変だった。
カミが最終的には法廷闘争で勝利するんだけど
ボロボロになったカミを最後まで支えたのが
サポーター達だったんだよね。

だから彼等との交流は今でも続いてる (泣)sweat01

2008年12月23日 (火)

フランス大会のPK

86年フランスW杯での
カミPK失敗(対フランス)は世界を驚かせた。

忘れもしない6月21日。

『もしあの時点に戻れたらまたPK蹴ります?』

「あの出来事は決していい思い出じゃない。
結局あのゲームでフランスに負けて
自分達の挑戦は終わってしまったんだ。

もし~だったら的な考え方は好きではないけど、
あえて答えるなら
『余裕で蹴る』だな。
あの後のPK戦で決めた様にね。

あの試合前日までは
本当にコンディションがよかったんだ。
でもシチュエーション的に
唯一いつもと違っていたのは
自分は常に先発でゲームに入り
ゲーム自体の“雰囲気と熱さ”の中でPKを蹴るのが普通だった。

途中交代で入り
局面を打開するという経験をほとんどしたことがなかった。

この違いが意外と影響したのかもしれない。

確かにあの時点でテレ監督が
別の人間に蹴らせてもよかったんだが
彼はあえてそれをしなかった。
だから10年間ずっと代表で蹴って来た様に蹴った……

この一言のコメントの中
どれだけの
カミの想い、
国全体を巻き込んだ出来事の重大さ

が含まれているか…

続きを読む "フランス大会のPK" »

2008年12月22日 (月)

ガンバおめでとう (^O^)/

疲れは精神的なものも考慮すると
かなりのものだったろうけど
ホントによかった!

この良い連鎖を絶やさず
次回も日本がアジアNo.1として出ることを祈るばかりです。

戦術、結束、勢い(局面での稚拙なミスを極力少なくして)が
ゲーム時に出せれば
今現在の技術でも結構戦えるし !
このレベルをどんどん経験していけば
多少時間はかかっても
必ず行けると思う。

クラブレベルで進化していけば
代表がさらに充実してくるのは確実だし o(^-^)o

イングランドから
ルーニーみたいなタイプ選手が出て来るなんて
昔じゃ考えられなかったのに  (^-^;

2008年12月20日 (土)

カミの好きなラーメンは…何味?

カミはあんまり食事では
リスクを冒す方じゃなかったなぁ。

口にしたことがない食べ物に
どんどん挑戦してくってタイプじゃ、

少なくともね。

ある時
うちの家族と一緒に外食した時
オイラの義父さんがしゃぶしゃぶご馳走して下さって(これはカミの大好物!)
ここまでは全てOK。
料理は美味いし
オイラの親戚の子供達には
折り紙でいろんなもの作ってくれたり 
(意外と器用なんでびっくり (^-^;)
すっごいよく遊んでくれて f^_^;

しかしいよいよ鍋の閉めで
義父さんのたってのお勧めで
中華麺を塩味でということになった…
少なくとも15年間
カミがラーメン召し上がってる姿をオイラは知
らない

慣れない料理には消極的なカミ。
オレと二人の時
オレがカミの知らない物食ってると
興味深そーに

なんだそれ!?美味い!?」

「食います?」

「いらねぇ」


こんな感じだけどオレの義父のお勧めとあっちゃねぇ
『いらねぇ』
とは言えないっしょっ、大人だし coldsweats01

んでもって
恐る恐る口にしたんだけど……

「…ん、悪くない」

当然オレの義父さんに対しての訳は

サイコーです」

だったけど bleah

そんなこんなで数ヵ月後、
どっかで合宿やった時
ラーメンが出て

これってオマエの義父さんと食ったヤツか?」

と今までなら全く無視してたのに
積極的に聞いて来たんでびっくりsign03

でもちょっと違った種類だったんで

「いゃ別のです」

って言ったらちょっと残念そーだった。

義父さん、恐るべしsign01

2008年12月19日 (金)

ガンバ対マンU

見てるお客さんには面白い試合だったねぇ。
撃ち合いのゲームの楽しさ
ひっさしぶり  (^O^)/

でも勝負となると駆け引きが巧で
高くて強い相手のセットプレーをどー抑えたらいーのか (泣)
セットプレーにしないしかないんだけど、百パーは無理だしね。
ペナルティアークからペナルティアークまでは
このレベルだと大体同じことが出来るけど
ポイントはどれだけそれを“集中”して続けられるか、
そして決めるか。

ところでヤット(遠藤)
バランサーとしての感覚は相変わらずすっごいね。
なにしろ代表時代に
今まで蹴ったことなかったフリーキックを
引きずり出して蹴らせたのもカミだし、
攻撃の才能をいち早く見出だし
攻めのポジションに置いたのもカミだかんね!

カミが見たら最高にお喜びだろーなー  (^O^)

デカいサイドチェンジからフリーの相手に受けられて
も充分間に合うからどーでもいーけど
その後のクロスに対し中の複数を
フリーにしちゃうのがやっぱどーかしら  (泣)


でも銭を取れる試合でホントによかった。
だってオレ達はプロだかんね  (゜▽゜)

来年は“鹿が世界一”イタダイちゃおーかな(^O^)/

2008年12月18日 (木)

カミの年末恒例の…

今年もあと少しだね

みんなもだいたいこんな時期バタバタでしょsign02
オイラはマイペース!
周りはドタバタだけどね (笑)

年末って言えばカミのとこでやる
毎年恒例のチャリティゲーム。

もうそんな時期。
この記事が出る頃にはもう終わってるんかなぁ?

去年か一昨年、巨匠マラ殿が出たでしょ。
痩せた後。そんでもってイキナリ超プレーsign01
カミに

「どーでした?」

って聞いたら

「とんでもない程上手いよ、相変わらず(笑)」


今年あたりまた出るのかなぁ。
代表監督だと結構なんやかんや忙しいんだろーね。

カミのマラに対するご評価

まぁ自分の世代で
オレが実際に見た中で最高な奴だったよ。

インテリジェンス、スピード、技術、全ての面でね。

奴一人で試合の流れを変えることが出来る希有な存在だった」


天才が天才を語る時、
多くの言葉は必要ないんだ、マジ


ぞーっとしたこと覚えてる。

2008年12月17日 (水)

自分が…地図から消えていくぅぅぅ…

ちょっと前の出来事。
超有名ブラ人とすれ違ったsign01
ホントに
すれ違っただけだった…… (-.-;)

ちょっと前までなら
その瞬間
ハグの嵐から
超ダラダラどーでもいー話しに発展したものなのに
……… (-.-;)

ブラ業界地図から消えて行く自分を感じる………… (-.-;)

自分で決め
自分で望んだこと
なのに、
なんか妙な感覚………… (-.-;)

そんな中、
このカミblogは全く別モノ (^O^)
ある意味 “お役目” (^O^)
大石内蔵助を語り継ぐ
家臣チックな心境
かな (笑)

2008年12月16日 (火)

ブラジル流芸術サッカーの学び方

ブラジルのサッカーがまだ芸術だった時代
日本からはるばるそのエッセンスを求めて
“ブラジルサッカー教本”を買いに行った人々は
一応にガク然としたものだった
(オイラも含め)書店を探しまくっても
それらしい本が全くと言ってよい程ないっ(驚)sweat02

どっちかと言うと日本では
何かを始める、さらに突き詰める時は
やっぱり手っ取り早く専門書に頼るのが習慣になっている。
良い悪いは別としてね。

しかし当時のブラジルでは
サッカーは教えられるものではなく
自分で楽しんで上手くなっていくもの。

ようするにマニュアル化されない存在なわけで。
1 + 1 = 2 には決してならないものなのである。

街でストリトルサッカーをしている子供達に

「誰に、何処でインサイドキック、インステップを教えてもらったのか?」

を尋ねて大爆笑されたっけ(笑)

「自分で覚えたに決まってんじゃん(笑)」

ガキ連は
そのシチュエーション、シチュエーションに応じて
“自分で”より求められる形を工夫して対処していくわけですねぇ(驚)
この環境が芸術サッカーを生み出したのでぇすっ!

マニュアル、ロボット化されない、
またしようがないのが
サッカーなんです (ブラ人にとっては)


文字文化度が高まった現在でも
この状況はあまり変わっていません。
因みに今現在ブラジルで購入出来る“教本”の種は
多くがヨーロッパ・サッカー教本の翻訳物です (笑)

2008年12月15日 (月)

チョー久しぶりの…

フットサル
やらなくなって
約~っ、一年ちょっと経つかなぁ…。

この前、久しぶりにやった。

アミーゴのジェームスさんが声をかけて下さった lovely

「怪我しなかった!?」

「走れた!?」

「脚つんなかった!?」

これらのご質問、ご心配を
各方面から頂き恐縮です。
しかし大丈夫sign01

怪我したり、走れたり、脚つるのは
ちゃんと動ける方々に起こりうること
ただ
ぼ~っと立って
やったら不動で
たまに球来たら
さばいてる奴には
起こり得ませんからっsign01


路上をフツーに歩いてるよりか
よっぽど安全です
 coldsweats01

でも気分変わって、いー感じでしたったなぁ wink

2008年12月13日 (土)

懐かしの…その10 PIERRE LITTBARSKI

懐かしの
PIERRE LITTBARSKI

Pl

ブラジルマスコミ評:
代表では70試合。
その中に90年イタリアW杯優勝、82年準優勝、86年メキシコ大会にも出場。
フランスに移籍するも順応出来ず。
ウイングと中盤をこなす。
上背はないが技術は素晴らしく
特にそのドリブルは天才的ですらあった。

J立ち上げの頃のJEFの巨人
カミとの競演は世界レベルだったsign01

あれでガンガンに点取られてたらヤバかったけど

2008年12月12日 (金)

芸術か? パワーか?

82年にあのカナリア無敵芸術家軍団が
W杯でイタリアに負け
“芸術がパワーに屈した”
世界中にショックを与えたあの事件

当時は今みたいに
リアルタイムでどこでも映像が見られる時代じゃなかったから
オレは大使館の連中と
特別放送に固唾を飲んでたんだけど…
ショックだった。

オイラ達には
あのカナリアは
58年代表以来の天才集団だったからね。
カミは実際あの時の事を気軽に喋らない…。
今でもなんか
いー気持ちしないんだろーね…
負けた事だけじゃなく…
大会中を通してなんか嫌な事がいっぱいあったって感じで…
んでたまぁ~に断片的に口にするくらいかなぁ…。

一度なんか雑誌のインタビュー

『その世界的なインパクトだった大問題を
是非カミ本人から聞き出すsign01


ってインタビュアーさんが気合い入り捲くりで
鹿嶋に来たことがあった。

オイラも個人的にやったら聞きたくって
“いつになく”訳しに張り切ってたんだけど coldsweats01
最初はスムーズに進んでたインタビューsign01
いよいよ佳境に入って
カミの口から (@_@)
ってくらいから
カミが超眠そうな感じsign01
時差ボケsign02 (泣)sweat01

とても応えられる状況じゃなくなって、
本人

「ごめんなさぁいー」

くらいに
(とても日本語が出来ない人の発音とは思えないくらい流暢な発音で)
お帰りになってしまいました crying

因みに鹿に来たての頃

「あのチームが勝ってれば
世界のサッカーは変わってたっsign01


って言ってたけど…
16、7年経った今

「確かにあのブラジル代表が優勝していたら
世界のサッカーの方向は一時的には変わっていただろう。
でもその後加速された
フィジカル面の著しい進化の波を考えると
果たして芸術的サッカーが
どれだけその波を食い止められたろう……

深いっ (泣)sweat01

2008年12月11日 (木)

世界No.1

現役時代
カミがもっとも輝いた瞬間といえば
1981年12月3日東京だろうsign01

今の世界クラブW杯の前身
南米チャンピオンと欧州チャンピオンの対決で世界一を決めてた
“トヨタカップ”
(正式名称なんてブラ人は誰も知らないよ…
INTER-CLUBとかCOPA-TOYOTAで有名だったから)

この歴史的瞬間に関してカミは

「まぁ例えて言えばあの歴史的勝利の前までは
みんなでケーキを作っていて
最後に真ん中に乗せて完成の
チェリーが足りない様な状況だったな happy02
あの年国内を制し
LIBERTADORESであのCOBRELOAとの死闘を制して
やっと掴んだ世界一になる為の切符だった。
LIVERPOOLとの試合だったけど
自分達(FLAMENGO)は完璧に相手を押さえ込んだねsign01

懐かしいのは試合後、
あの夜はもの凄い寒さだった。
ホテルで仲間達と
『今頃地球の真反対のリオデジャネイロは大騒ぎだろうなぁ!』
なんて話し合ってたら
急に感無量になってしまったことだな…」

あの試合はマジ凄かった
オイラも打楽器担いで国立乗り込んで
ブラジルからの大応援団と馬鹿騒ぎしてたんだけど (◎´∀`)ノ
カミは存在、そのプレーは宇宙人sign03
試合自体トヨタカップにしては
珍しくフラメンゴの一方的なゲーム coldsweats02

多分あのフラメンゴはブラジル歴代でも
ベストなんぼの強烈なチームだったと思う。
みんな天才なんだけど
「異常なくらい練習を重ねた」
ってカミ言ってたから
ほぼ完成されたチームってことだね。

でもあれを見てた一般ぴーのオイラと
スーパースターのカミが
十年後に一緒に仕事をするなんて…… coldsweats01

続きを読む "世界No.1" »

2008年12月10日 (水)

エスパー? お年寄り同士の不思議ワールド

まだカミのお母様
天使のMATILDEさんが
ご健在だった頃の話し。

鹿がカミの為にと
盛大な“OBRIGADO ZICO゜という大感謝祭を催した時
ブラジルからカミファミリーを招待した。

その中で堂々たる存在感を放つ老婦人
MATILDEおかーさんsign01

わざわざ地球の裏側まで
息子さんの晴れ姿をご覧になる為に
ご高齢をものともせずに来日された。

そこで登場するのが
家のバーチャンことSUZUKINHOのご母堂sign01

なんとかMATILDEおかーさんに
日本の記念品を渡さんと大奮闘sign01

今まさに出発寸前のバスに飛び乗って来て
MATILDEかーさんに
プレゼントを渡しながら
しきりに日本語でまくし立てる

それを受けて
MATILDEかーさんも
ブラジル語で果敢に応戦  (^-^;sweat01

そして…

何がおかしいのか?
何をどう理解しあっているのか?

二人で大笑い (大笑)

その摩訶不思議な年寄りワールドに
カミ始め周りのコインブラ軍団は
大爆笑でした  (゜▽゜)

ちゃんちゃん

2008年12月 9日 (火)

ウズベキの現状

みんなも多分
ウズベキのサッカー事情なんて知らないと思うけど、
わたくし的にも皆無

カミがイキナリ行っちゃってから
何回か話した中での
超オーマカ
“ウズベキスタン・サッカー事情”
を今回ちょっと…

ただしマジ、ホンのちょっとですが (^-^;

サッカー選手としての資質は高い選手が多いよ。
でも進化の基本となる
インフラの整備
プロとしての意識付けが遅れてる。

気持ちと実行、忍耐が伴えば
時間はかかるがかなり良くなると思う。
でも日本、トルコと同じ様に
ここでもサッカーというゲームの戦い方を教えないと」


とおっしゃってました f^_^;

伝導師カミ新たなるご説法の場ですsign01

2008年12月 8日 (月)

七不思議 外伝

15年
“今日で終わりか、明日はどーなる sign02
的に綱渡りで生きている
プロスポーツの真っ只中
どっぷり浸かってた。

藁をも掴みたい、
神様にお願いしたい窮地に
追い込まれたこともしばしば (泣)sweat01

そんな中で
実際スタジアムのピッチで
見た?感じた?
空気とは違うなんか
気というか、
確実に存在する
エネルギーの塊 sign01

ピッチの上にうごめいている
“あれ”がなんなのか知りたい…
それを認知?感知?した時は
必ずなんかが起こったんだよね、ピッチ上で…。

『幻想じゃねーの(笑)』

と言われればそれまでだけどね (^-^;

でも唯物論的な視点だけじゃ
説明出来ない何かが
ピッチにある事は確か
 sign03

マジ、お客さんだけで
七万人とかが
ひいきのチームが勝つ様に
念を送りながら集中してるってことだけでも
半端ない非日常的な空間になってる訳でしょ sign02

SUZUKINHOが
頭にハチマキ巻いて
懐中電灯 二本さして登場する日も近い sign02

2008年12月 7日 (日)

2008年 J1最終節

全国の鹿の皆様おっめでとー (^O^)/

ハラハラドキドキheart01 しない試合の流れで
余裕を持って楽しめるなんて lovely

初年度のファーストステージ優勝を決めた
浦和戦を思い出しましたsign01

あの瞬間カミ、残念ながら怪我のリハビリ中で
ピッチにはおらず
試合後ベンチに来て

「年中バタバタのオマエがいつにない余裕じゃないか(笑)」

ってツッコミを入れて来ました。

カミの代わりに
ずーっとベンチポールに寄り掛かり
余裕で試合を見ていたオイラ

チラ見していたんですかねぇ (笑)

懐かしかった。

とにかくよかったですねぇ。

オイラはこれから
ニューヨークでご静養中のカミご一家
快挙を電話連絡するところです (^_^)

皆さんは大宴会の真っ最中なんでしょーねぇ(笑)
お幸せにぃ(^O^)/

shineホントにおめでとうございます!shine

2008年12月 6日 (土)

【速報】 祝 鹿島アントラーズ

はじめまして…
初登場…管理人 ”黒子” デス
いつもお世話になってマス。 m_ _m

速報記事などで 『たま~』に登場させて頂きます。
(えーっと…ほんと、たまにですからsweat01…よろしくお願いします。sweat01

shine 鹿島アントラーズ 優勝おめでとうございます。shine

鹿島が史上初2度目のリーグ連覇/J1

最終節までもつれた優勝争いでした。
JEFの粘りも、凄かったです。劇的でしたぁ。

…あ、すみません。 黒子のくせに … 出過ぎました。weep

J1各チームの
選手の皆さん、
サポーターの皆さん、

お疲れ様でした。

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懐かしの…その9 MARIO SERGIO PONTES DE PAIVA

懐かしの
MARIO SERGIO PONTES DE PAIVA

Mario_sergio_2

ブラジルマスコミ評:
天才的なゲームメーカー。
形容し難い程の技術の持ち主。

インテリジェンス溢れるプレーから繰り出す
“ノールック”パスは絶妙だった。
84年にドーピング問題を起こしたのが悔やまれる。
天才ながら代表デビューは31歳と晩く8試合のみ。

アッシがちゅーぼー時代に本物見た (@_@) 
まだ超若手の頃、フラメンゴで来日
(当時毎年恒例の三国対抗で)
プレーの一つ一つが
この世のもんじゃなかった


“奴のボールに触れない”
なんてレベルじゃなく、
発想が化け物チックsign03
その
オリジナルフェイントには
スタンドのオイラも引っ掛かった (泣)

後にも先にも
あんな化け物見たことない…。
気持ちわり~っ (¨;)

2008年12月 5日 (金)

魂わしづかみ~備考

前回に
元鹿のハセのこと書いたけど
ちょっと付け足し
(思い出したことあって (^O^))

やっぱり元鹿のジョルジ
バイエルンから移籍して来た時、
練習初日に言ってた

「バイエルンではオレのクロスに合わせる奴がいなかったけど
ここにはとんでもない奴がいる (喜驚)sign03
この世で空中で止まるものって
ヘリコプターとハチドリだけかと思ってたけど…

また鹿がブラジル合宿やった時の
新任のジョアン・カルロス監督とカミの会話
練習初日、アップがてらの基本技の練習で
イージーボールのトラップで
ちっとも足につかないハセを見てたジョアンが

「ジーコ、あのハセガワってホントに選手?」

「(笑) まぁ試合で使ってみなよsign01

試合後のジョアン監督、ご納得 (笑)

とにかく今では絶対見られないタイプ
すんげぇ職人だった。

2008年12月 4日 (木)

魂わしづかみ

今、トクさんにお借りした
“ウォークマン” ??? で
まりや様の
“真夜中のナイチンゲール”
を聴きながら家路をナニしております。

ふと曲に乗って
イメージが降りて来た
のが
ハセクボタツ sign03

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

釜本さん以降

『金払ってでも見たい』

チックな、オレ的に、
二人の日本が世界に誇れるストライカーsign01

まぁ確かにKAZU、ゴンちゃんとかも
もの凄かったけど…何なんだろ…
魂わしづかみっていわれると、
やっぱ、ハセ、クボタツなんだよね!
オレ的には…

二人と仕事出来たことはマジ、幸せだった。
二人とも全く違うタイプの選手なんだけどね。

でも
なんで
まりや様の

“真夜中のナイチンゲール”
…に乗って……

2008年12月 3日 (水)

ボールが強く蹴れる

ブラジル、アルゼンチン等の
昔バリバリだった選手
歳とって
今だってまだケッコー、イケるぜ
的に自慢する時によく

『まだ強い球蹴れるぜ、すっげぇだろっsign02

このフレーズを使うんだよね (笑)

マラドーナだって使ってたし

なかなかうちら(日本では)は使わないよね???

スキル バリバリの南米なのに
意外でしょ (@_@)

2008年12月 2日 (火)

懐かしの…その8 EDUARDO ANTUNES COIMBRA(EDU)

懐かしの
EDUARDO ANTUNES COIMBRA(EDU)

95edu

ブラジルマスコミ評:
多くのファンにはZICOの実兄として有名だが
その実力はブラジルサッカーの歴史に名を刻むに相応しい。
小柄(1,64m)ながら
細かいタッチから繰り出されるドリブル、フェイント
また素晴らしいポジショニング感覚から
正確無比なシュートでゴールを量産

(AMERICA-RJの歴代最高得点記録となる
212得点は今だに破られていない)

そうですsign01 あのエドゥさん (^O^)
わたくしの意見では
世界一サッカーが上手い60歳 sign03
お父様(故ANTUNES氏)は
技術は末っ子(ZICO)より上手かったと
亡くなるまでおっしゃってました (^-^;

2008年12月 1日 (月)

世界を変える起爆剤 ~アーティスト論 ???

何かを創み出し人に与える仕事
生業に出来てる人って凄いと思うね sign01

前にカミが障害を抱えた人達の処へ
若き日のレオを連れてった話しを書いたけど
その人の存在自体
あるいは作品(サッカーでなら技術かなぁ)が
他の人に良い影響を与える
これってスポーツを含め
世界が良い方向へ向かって行く
起爆剤じゃないかって感じる…。


これが出来るって
有名なアーティストじゃなくっても、
ホント
オレラやみんなみたいな超 一般ぴーでも
同じ土俵なんだよね。


だって誰もが好き嫌いにかかわらず
誰っかしらと関係しあって
毎日毎日過ごしてんだから。


アーティストじゃないから
気のきいたことなんて何も言えないけど
フツーにっちゅーか
自然にポジティブ・エアー放ちまくれれば、
なんかいーんじゃない…。


それぞれの“人生のアーティスト”って感じ sign02

…ってなこと書いていながら
風呂の水を出しっぱなしで溢れかえり
家族中からヒンシュクをかっておりますが (´~`;)

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