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2010年2月の11件の記事

2010年2月25日 (木)

ガンバレ!日本代表! 【D16さんへ返信より】

度々、黒子でございます。

『岡チャン不合格 決断セヨ サッカー協会』に対して
Twutter・当ブログへのご意見、ありがとうございます。

昨日、D16様から有難いコメントを頂きました。

本来、コメント欄でお返しするところですが、
Suzukinho の『日本代表への想い』
皆様にもお伝えしたく、記事として掲載させて頂きます。

宜しくお願い致します。

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D16様

代表を心から支えて下る気持ちが伝わります。

カミは
「今や日本に於いてサッカーは社会的に立派にに認知されたスポーツだ」
と言い切ります。

またその認知された競技の
“代表は国の顔”
と表現し関わる
人間全ての認識と責任を促しました。

マラドーナは
「代表には怪我を隠してでも、這ってでも駆け付ける」
とも…

時代が国が違うと言ってしまえばそれまでですが
“代表のユニフォームに対する愛情と執念”
を感じます。

サッカーは相手あっての競技ですから
出来の良い時も悪い時もあります。

カミのブラジル代表が
またマラドーナのいた代表が
いつも順風満帆だった訳でもありせん。

世間から叩かれながら闘って来たのです、
どんな時でも誇りだけは決して忘れずに。

D16さんが触れられた様に
カミ・ジャパンも最初から最後まで
常にバッシングの対象でしたが
皆さんに最後まで応援して頂けたのは
プロとして大変有り難いことであり
その一員であれた事を誇りに思います。

正直
自分自身が一ファンとなった今
最も寂しく
また是非再び見たいと懇願するのが
常に満杯のスタジアムで戦う代表です。

代表はそこが一番大事です。

その環境から自覚が生まれます。

選手、スタッフ、サポーター、協会、
全ての代表関係者のです。

この世界的不況の中
高い入場券を買って下さる方々を
いかに増やしていくか。
何をどうしたらそうなるのかを
チーム、協会、スポンサードして下さる企業の方々
全ての人々が真剣に考える事が必要だと思います。

最近
ある身近な方の
小学生でサッカーを懸命にやっている息子さんの一言が
胸に突き刺さりました

「代表のゲーム?
見ないよ!
下手だし、面白くないし・・・・・」

プロとしてこの言葉は
たかが小学生の戯言などと
無視したり出来ませんよね。

ガンバレ! 日本代表!

2010年2月24日 (水)

『岡チャン不合格 決断セヨ サッカー協会』

『ジーコの素顔』を復活しすぐに、

読者の N様 から、
日本サッカーファンの心の叫びにも似たコメントを賜りました。
ありがとうございました!

suzukinhoとの一連のやり取りをご紹介させて頂きます。
(BY ひさびさの黒子からデス)

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2010年2月16日 N様 より

ブログ復活おめでとうございます。
実は、どうしても日本代表の岡田監督に納得がいかなくて
メールさせていただいたしだいです。
僕は鹿島サポーターですが、小笠原満男の代表復帰とともに
3年9ヶ月ぶりの代表戦に行ってきました。

寒風吹きすさぶ味スタ、氷雨が肌を突き刺す国立、そして惨敗の韓国戦です。
3試合を通じてまったく何をやりたいかも見えず、
我らが小笠原キャプテンもゴミのように扱われ捨てられようとしています。
ゴール裏であげられた
「岡チャン不合格 決断セヨ サッカー協会」
の横断幕は、僕が作ったものです。

スポーツ紙のみならず一般紙にもとりあげられ、
一気に岡田更迭論が大多数を占めるようになったことは
非常に嬉しいことなのですが、
犬飼会長は岡田続投を明言しました。

アントラーズで世界を目指せばいいや。
そう思いましたが、
やはりワールドカップは世界最大のサッカーイベントです。
このままでは日本のサッカーは暗黒期に突入してしまいます。
僕ら一ファンとしての声はなかなか届きません。
スズキーニョ氏にブログで発言していただきたいと思います。
なんとか日本のサッカーを守りたい。
夢を見させてもらいたい。
いきなりのメールで大変失礼かとは思いましたが、
サッカーファンはみんな悲しんでいます。
助けてください。

N

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suzukinho から N様 へ

Nさんに頂きましたご意見に関して
自分なりの考えを述べさせて頂きます。

先ずはNさん、ご意見ありがとうございます。
そして悪天候の中の応援ホントにご苦労様でした。

自分は元代表スタッフとしてジーコと4年間代表の仕事を勤めました。

従って代表監督自体の難しさと
目に見えぬ選手、 監督間の壁の為いろいろ歯痒く辛い経験をしました。
日本のサッカーの将来を考えた際の多くのサポーターの方々の
現状のふがいなさ、辛さは痛い程わかります。
カミの時代もずっとマスコミを中心に叩かれ続けましたから。

今回 日本サッカーを愛する日本人ファンとしての
正直な意見を述べさせて頂きます。
自分は現状では
本当の意味で世界を相手にして
結果をコンスタントに出すチームにするのは
世界の誰が監督になってもまだ不可能だと思います。

要はピッチで点が取れなければ
監督が何をどういじくろうと
優位にも立てなければ勝てないという事実です。

当時ジーコの最大の仕事は選手の強い精神力作りでした。
リードしている間は世界にも充分通用するが
同点にされるとバタつき全く別のチームになってしまうという
世界を相手に勝つ為には
致命的な弱点を四年をかけて修正したかったのです。

皆さんはどうお考えになるかわかりませんが
自分の意見では本大会前のドイツとの親善試合までは
このジーコの計画は順調でした。
しかしながら突如として
数日後のマルタ戦で不可解な形で崩れ
本大会でも今まで出来ていた事が全く出来ずに終わってしまいました。
世論はこぞって監督を責めました。
それはそれで仕方のない事です。
チームの最高責任者ですから。

しかしながらピッチ内での主役はあくまでも選手です。
監督が誰であれ今までのどの負け試合でも
点さえ取れていたらゲームは全く違った様相を呈していたのです。
自分の見方として
監督はあくまで黒子です。
選手の良さを引き出す手伝いしか出来ません。
チームを私物化して余計な事さえしないでもらえれば
それだけでオーケーです。
監督がシュートを打てる訳ではありませんから。

当時ジーコは攻めの選手達に
現役時代に1000点近く取った自らの経験に基づいた
独自のシュート練習法を提案しました。
それは単純ですが
かなりシンドイものであった為か
コンスタントに名乗り出る選手はほとんどいませんでした。

ましてや監督として以前に
身近にいる大先輩である彼に
意見や個人的にアドバイスを求める選手も
ほとんどいなかったのです。

なんて残念な事でしょう。
この様な寂しい現実に自分は
半分本気で
「プレーイングマネージャーとして登録し
フリーキックの場合出て行って蹴って来たらどーですか」
と提言したものです。

世界(アジアの強国も含め)相手に まだかなりのフィジカル差がある現在、
点を取らない限り勝負は出来ません。
コンスタントに点を取るには感覚、技術に加え
ゴールへの執念が必要です。
これはどんなに技術が上手い選手でも
小さな頃から身につけていないと
大人になってからでは絶対に無理です。
世界的にもコンスタントに点を取れるFWが少ない為に
点取り屋は物凄い値がつくのです。
この持論はブラジル代表の選手達にも確認したので
絶対な自信があります。

今から直ぐに頭を切り替えないと
さらに時間がかかってしまいます
日本のサッカーが長期の暗黒期に突入しない様に
“サッカーは蹴鞠ではなく点を取り合う競技だ”
という認識を
明日を夢見る子供達から植え付けないと!

鈴木 國弘

2010年2月23日 (火)

米の話

ブラジルはよく米を食べる。

米食いの自分は
初めてブラジルへ渡った時
どれ程ホッとした事か coldsweats01

ただし米の種類は日本米と違い
細長くて
炊き方もなんか
パサパサで
粘り気のないリゾット風
どっちかって言うと炒飯風か? delicious

味自体も
米のみで味わう日本のそれに比較して
『味ねーっ』
的でございます。

それにフェイジョン豆シチューを絡めて頂く訳ですが
初めは
『ないよりましか』
が知らぬ間に
『うっめぇ』
に変わるのが人間の順応性のなせるわざ?

でもカミは
日本米はあまり馴染まなかった様で
刺身は大好物だったのですが
寿司は絶対召し上がらなかった (笑) japanesetea

ダメだっ!
ブラジル米食いたくなった(泣) weep

2010年2月22日 (月)

豆知識

オッハヨーございまぁーす!
起きてますかぁ!?
7:44でーすっ clock

Jで初めてぶれ球シュートを決めたのはカミ
(開幕戦の対グランパ)
そのぶれ球を60年代ブラジルで決めまくってたのが
兄者エドゥで
まだ小僧だったカミが
相手チームのゴール裏で
蹴り方コピーに必死だった。 soccer

蹴り方お知りになりたい方々、秘訣は有料です (笑)

2010年2月21日 (日)

自然体

昔カミの横にいて
一番嫌(イヤ)だったのは
私服の差 sad

向こうはイタリアの高級ブランドで
こっちは通りの向かいの雑貨屋で買ったやつ
同じARMANIだって
向こうは本物
こっちはスーパーのやつ

でもね
カミの
「安物だってかまわない。小綺麗にキチッと着てればな。
オレ達は人前にでる職業たから不快感を与えない様にな」

それからは
同じTシャツ、ジーンズ、サンダル、くわえ煙草(smoking)も
小綺麗にきちんとしましたから sign03

2010年2月20日 (土)

お言葉

  キーパー・コーチングの世界最高の巨匠
BY カミ&KINHOのカンタレーリ(元鹿、日本代表)が言ってた

キーパーのユニフォームは出来るだけ地味〜なやつを用意しろよっ

「・・・・・・?」

「相手FWが出っ来るだけ確認しにくい
ボーっとしたやつがベストなんだ」

「FWがレンジでしっかりマークされてる時な
顔上げてしっかり確認(キーパーの位置)出来ない時は
キーパーのシャツの色で判断すんだよ。
要は相手にちょっとでもすきを与えない準備が・・・プロだ。」

メモれ~sign03 
イケメン・ファッショナブル・キーパー達

2010年2月19日 (金)

山あり谷ありだけど

下町歩いてて
イキナリ見知らぬ初老のオバサマに声かけられた (汗 coldsweats01

「あんたねぇ・・・ジーコさんのときは感動が伝わって来たのにねぇ・・・」

「今もみんな精一杯やってんだろーけどねぇ・・・」

「前の時の選手達も大分出てんだけどねぇ・・・」

「あの中国の大会でねぇぇサッカーの面白さ知ってねぇ、
凄かったねぇ、あの時は!
あなたも現場で大変だったでしょーに?
こっちはテレビでしか見てなかったけどねぇ」

「W杯予選なんか近所は誰も寝てなかったんだよぉ!
真夜中みんな窓に明かりついてて・・・大騒ぎでねぇ」

「今はねぇ〜・・・ちょっとねぇ・・・
みんな一生懸命やってんだろーけどねぇ・・・
テレビでやっててもねぇ・・・
あの頃はおばさんのアタシがテレビつけに行って
チャンネルがちゃがちゃやって必死で見たのにねぇ」

「あぁ、えぇ、ははは、
いやぁ、ありがとうございます、すみません」


を繰り返す自分を客観的に観てた・・・ coldsweats02

驚き 嬉し 悲し 寂し の
洗濯機状態で typhoon

2010年2月17日 (水)

不思議な感覚

昨晩blogにコメントして下さった皆さんに
返信していたら

何かとても皆さんが
自分の大事ななんか
凄く身近な存在に感じました・・・heart04

一度も直接お会いした事もないのに・・・・

なんか
いー感じでしたよ confident

早速、復活第一弾!!!

http://www.penalty.co.jp/blog/kunihiro_suzuki/
で書いた記事の引き続きなんだけど

ドリブルで突っかける勇気と根性
子供の頃からガンガン遊んでないと
大人になってトライしてもなかなか難しい
という事実。

要はこれがブラ兄方がおっしゃる
“伝統”なんだと思う


プロ化して
15、6年じゃ厳しいかも

でも事実
お隣りさんはやってる


大陸的国民性だけの問題なのか?

残念ながら
世界はお隣りさん的サッカーの方が
確実に怖がるよね。

この事実を踏まえ
これからの我が国のサッカーを考え直す時期ではないでしょうか?


2010年2月16日 (火)

・・・抜き足 差し足 (恥)

じ…じ実は…
先週

黒子さんとblog終了以来
久しぶりでお会いしたんですよぉ~

そしたら、イキナリ
Blog復活の運びになってしまいました。 (汗)coldsweats01

皆さまには
何もお約束出来ませんが
頑張りますので
お暇だったら
チラ見でいーんで

よろしくお願いします。 (平身低頭) m(_ _)m

また急に終了の際は
小意気な楽曲プレゼントさせていただきやすんで (笑)bleah


  BY 佛道小僧のKINHO

2010年2月15日 (月)

再開

ご無沙汰してます。
黒子です。

『ジーコの素顔』
を終えて、早9ヶ月が過ぎようとしています。

今年のワールドカップに向けて
suzukinhoサッカー魂
が疼いてきたようで

『ジーコの素顔』『再開』

の運びとなりました。coldsweats01

時間があるときに、覗いてやってください。
これからも宜しくお願いします。


PS)
『ジーコの素顔』終了後
掲載された記事をご紹介します。
近況報告ついでに…ご覧下さい!

●ジーコ元監督の通訳を15年務めた鈴木國弘氏(上)
●ジーコ元監督の通訳を15年務めた鈴木國弘氏(下)
●“拝啓 小笠原満男様”06年W杯スタッフ「君は天才指揮者

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